1 ショーンK氏の思い出

2016年は、年明け早々から「文春砲」が鳴り響いています。

1月14日号 国民的女性ハーフタレントと紅白出場バンド・リーダーとの不倫疑惑
1月28日号 経済再生担当相の金銭授受疑惑
2月18日号 育休国会議員の不倫疑惑
3月24日号 新ニュースの顔の学歴・経歴詐称疑惑

すべての出来事に共通しているキーワードは、「ウソ」ということではないでしょうか。

週刊文春の記者の取材力が優れているということはあるにしても、これほど「すぐにばれるウソ」をつく人が増えたことには、日本人の深い部分における変化が関係していると考えていますが、とても長い話になるので別の機会に譲ります。

今回は、先週号でスクープされた一件、新ニュースの顔ショーン・マクアードル川上氏を題材として、話を進めていきます。

このコラムで、週刊誌報道の後追いでテーマを決めるのは、主体性に欠けるという意味では威張れたことではないことは自覚しています。

ただし、彼を話題にするのは、万人の歓心を買うためではなく、以前直接会って何度か話をする機会があったので、そのときのやり取りの中に、あらためて考えるべき点があったと思うからです。

思い返すと、彼に初めて会ったのは、2007年の夏でした。

当時の私は、会社の法的整理を開始して半年が経過した頃で、手続きの終結にはほど遠いものの、管財人と繰り返していた打合せや資料作りが一段落した感があったので、それまで後回しにしていた自分の身の振り方についても考え始めていました。

しかし、まだ具体性のある将来像が描ききれなかったので、時間があることだけを不幸中の幸いとして、錆びついていたビジネス英語でも鍛え直そうかと思っていたときに見つけたのが、彼が開いていたビジネス英語の勉強会でした。

主催者は、どこか別の会社だったはずで、彼は講師として招聘されていました。場所は、代官山駅近くの並木橋通りに面したビルの一室と記憶しています。

そのとき彼は、J-WAVEで『MAKE IT 21』のナビゲーターを始めて数年は経過していましたが、私はその番組のことは知らなかったので、初めて知る人物でした。

ただし、いま問題となっている彼の学歴と経歴については、講師のプロフィール欄で、ショーン・マクアードル川上という名前とともに、ハーバードMBAやパリ第1大学やら、ブラッドストーン・マネジメント・イニシアチブ・リミテッドのCEOであるとか、世界7都市に事務所を展開している世界を股にかけた経営コンサルタントといった内容は明確に記されていたはずです。

当時の彼の会社のHPでも、「日本語」で同一の内容が記載されていたはずで、当時の私としては、学歴も素晴らしくビジネス経験も豊富なうえに、日本語と英語を自由に操る人物から薫陶を受けられる素晴らしい機会と思いながら、足を運んだことが思い出されます。

肝心の勉強会は、参加者が4,5名と少人数で、内容については、想像以上に面白く楽しめました。

彼がそのとき語っていたことを思い出すままにあげると、こんな具合でした。

  • 英語を上達させるためには、文法とか発音といったテクニカルなことよりも、文化の象徴としての言語である以上、英語という文化を理解することが最も大切である。
  • 分からない単語が気になるのが日本人の悪いクセなので、リーディングとヒアリングは速読・速聴を徹底して繰り返すことが有効である。
  • 日本人は、数字に対する感覚が弱すぎる。だから、例えば”32,000,000,000″という数字を見ても、「下の桁から、イチ、ジュウ、ヒャク、セン・マン・・・」とやり始めるので、すぐに口に出せない。これは、英語以前に日本語の段階で出来ていない。アメリカ人のビジネスマンの多くは、数字を即座に読める。
  • 日本人は、正しい表現にこだわり過ぎるために、質問を受けたとき、話し出すまでの沈黙の時間が長い。しかし、アメリカ人は沈黙の時間が長いと、とてつもなく意味深い話が出てくると期待するので、結果的にたいした内容の話しか出てこないと、バカだと思われる。
  • アメリカ人はホームタウンを大切にしているので、自分の出身地の歴史とか面積とか人口などについて、おおくの人が知識として身に付けている。一方日本人は、そういう感覚に乏しいので、日本語でも答えられない。自己紹介をした後に、「君の地元の町には、どれくらいの人が住んでいるの?」といった質問をアメリカ人からされても、日本人は答えられないから会話が続かない。それは英語の上手い下手の問題ではない。
  • 多くの民族を飲み込んで成り立っている移民の国アメリカでは、一つひとつの言葉の定義を共有することが、誤解の少ないコミュニケーションの大前提となっている。だから、小学生のときから、電話、山、机といった簡単な単語について、その定義を語ることができるような教育が行われている。一方日本人は、自国語でも具体的な定義ができない言葉を使っている。英語を使いこなしたければ、一つの言葉を即座に別の表現で置き換えられるトレーニングが必要である。
  • アメリカの一般的なビジネスマンにおいては、国家予算の総額と歳入と歳出のそれぞれにおいて、大まかな内訳金額まで答えられるのが常識だが、日本人は大企業の経営者でも答えられる人がいない。そういうところにも、数字でものごとを把握するという文化の違いが、日米の間にある。

この勉強会は、よくある英会話教室のように、テキストに従ってスピーキングやリスニングのスキルを磨くスタイルではなく、英語という文化を先ず理解することからスタートして、即興で英語を使った会話をショーンK氏を含めた参加者全員で行っていくというものでした。

当時から、ショーンK氏は、アイリッシュ系アメリカ人の父親と日本人の母親のもとに生まれ、アメリカと日本の両国で教育を受けたクロス・カルチュアルな人物というプロフィールでしたが、彼が口にする話は、自身の出自の信憑性を一層高めることはあっても、疑いを感じるところはありませんでした。

それは、単に私の鑑識眼が劣っていたからなのかもしれませんが、少なくとも英語の良きトレーナーとしての資質は持っていたと、今も思っています。

ちなみに、1993年から2002年までの川上伸一郎としてのショーンKを知る方が書かれたブログを読むと、そのとき既に代官山でOLさん相手に英語を教える仕事をしていたようです。

この方も、日本人として相当な英語の使い手のようですが、川上伸一郎氏を「日本で英語を話す日本人としてはトップクラスの英会話力が有る! 芸能人としては間違いなくBest10に入ります」と評してるので、彼の英語力が本物であることは、間違いないのでしょう。

参考リンク▼
VIPERのブログ|誠実性!ショーン・マクアードル川上

この勉強会には2、3回参加して、私の来歴であるとか当時の状況について明らかにしていくうちに、ショーンK氏とメールアドレスや携帯電話番号やSkypeIDなどを交換するようになり、メールやSkype通話で何度か話をするようになりました。

その中で、記憶に残っている内容がいくつかあります。

  • ハーフやクォーターで二重国籍を持ち、2ヶ国語どころか3ヶ国語、4ヶ国語を話す人たちが友達にたくさんいる。彼らの中には高い学歴を持ち、国際的に活躍することで高収入を得ている人も少なくない。普通の日本人から見ると、羨ましい存在だと思われているが、彼らなりの深い悩みがある。それは、自分についても言えることだが、日本人ともアメリカ人とも言いきれないがゆえに、自己同一性(アイデンティティ)を確立でできずに、不安定な精神状態になりやすいということ。それが原因で、友人で自殺をした人もいる。東京には、国際性を備えた高学歴・高収入のビジネスマンが相当数いるが、そうしたエグゼクティブ向けに必要なカウンセリングを行える人物が皆無の状況だ。だから、そこにビジネス・チャンスがあるのではないか。
  • M&Aが当初の目論見どおりに成功しない原因のおおくは、ビジネスモデルのシナジー効果やドメインの補完性の読み違いという表に出てきやすいテクニカルな部分よりも、双方の企業に存在するカルチャーの融合が上手く行われないことによる組織活力の低下という目に見えない部分にある。しかも、その分野を扱える専門家がほとんどいないので、次回案件のときにジョイントしてみるのはどうか。
  • アメリカのビジネス・スクールで取得するMBAの価値は下がっている。これからは、フランスのINSEAD(インシアード)で経営学を学ぶべきだ。フランス本国へ行かなくても、シンガポールに分校がある。また、2年かけてMBAを取得するのも良いが、自分の興味のある科目だけを履修することも可能なので、いくつか選択して受講すれば、それだけでも役立つはずだ。

雑談の範囲で話をしていたことなので、書き起こしてみても、大した内容ではありませんが、あくまでもショーンKとしての学歴と経歴が真実であることを前提にしていたからこそ成立した話であったことは間違いありません。

その前提がそもそも存在しなかったとなると、なんだか突っ込みどころ満載な会話をしていたことになります。

1番目の話題は、彼が生粋の日本人だとするなら、アイデンティティの確立に悩むはずはないし、同じ境遇の友達って誰なのか分かりません。

2番目の話題は、彼が日本LCAやベンチャーリンクで仕事をしたことがあったらしいですが(前掲のVIPER氏のブログによる)、コンサルタントとしてどの程度の関わり方をしたのか分からないし、次回案件なんかあるはずもなしです。

3番目の話題は、ちょっと意味深です。図らずも、彼がオープン・コースへの参加や単なる聴講生として、ビジネス・スクールと接点を持ったという経験から出た言葉でしょう。しかし、MBAホルダーではなかった人物とMBAについて語っていたとは・・・間抜けですね。

その後、特に話が発展することがなかったために、彼とのやり取りは自然消滅して、今日に至ります。発展のしようがなかったことは、今になって分かりました。

果たして、ショーンKは何を目的として私と雑談をしていたのか、その理由はいまもって想像の範囲外です。

 

2 ショーンK氏が詐称した背景を俯瞰する

今回の週刊文春の記事によって、経営コンサルタントを自称するショーン・マクアードル川上氏が、学歴と経歴を詐称していたことが白日のもとに晒されましたが、彼が公共の面前からいち早く消え去り、雲隠れしたことで、事態はすでに収束しています。

こういう事件が起きると、必ず賛否両論が出てきます。

批判派の主張は、こんな感じです。

 

学歴や経歴の一部どころかほとんど全てを詐称し、出身地や人種まででっち上げたやり方は、でき心とか魔が差したではでも済ますことはできない。

 

実際に、虚構のプロフィールなしては舞い込んでこなかった仕事によって経済的利益を得ていた以上、許しがたい詐欺だと主張します。

 

それに対して、擁護派は、こう語ります。

 

たしかに嘘で固めたプロフィールで仕事をしていたことは褒められないが、報道番組でのコメント内容は悪くなかった。むしろ、高卒であそこまでのコメントができるということは、ものすごい勉強家に違いない。

 

学歴なんか関係ないじゃないか。今回、潔く謝罪したのだから、冷却期間を置いたら、また返り咲いて欲しい。

 

批判派と擁護派は、反対意見を戦わせているようですが、結局は同じ穴の狢だと思います。

経歴も学歴も世間的に見たら大したことはないけれど、話をしてみると、勉強家だし結構真っ当なことを語る人は世の中にごまんといます。

でも、そういう市井の賢人の存在は一顧だにされないというのが、今の世の中というものです。

テレビやラジオといったマスメディアで露出するチャンスを得るためには、やっぱり「立派な」経歴や学歴が必要なわけです。

彼がコメンテーターとしてまともな話が出来ていたかどうかが問題なのではなく、自らが語る場をどういう方法で手に入れたかということが問われているのです。

高卒だけれども、エキゾチックな顔立ちと魅惑の低音ボイスで、ちょっと難しい話もこなしちゃう英語が堪能なDJという真実のキャラ設定では、報道ステーションのコメンテーターの仕事は来なかったはずです。

そして、「報道ステーションのコメンテーターをしている」実績を買われたからこそ抜擢された、4月開始のフジテレビの報道番組のMCの仕事にも繋がらなかったことになります。

でも、ショーンK氏はメディアの仕事を手に入れるために、経歴と学歴を詐称したという結論では、モノの見方が浅薄だと思います。

彼の詐称において、最も意味があったのは、経歴でも学歴でもなく「稼いでいる人」だと考えるからです。

テンプル大学の学位もハーバード大学のMBAも、ニューヨーク出身のクォーターという出自も、それだけでは意味をなしません。

そういうプロフ設定だからこそ、世界6ヶ国7ヵ所に事務所を構える国際的経営コンサルティング会社を運営することができて、年間売上30億円を得ている。

この年間売上30億円が、ショーンK氏のストーリーの中で最も重要な要素だと、私は考えています。

実際のところ、コンサルティング業で年間売上30億円という数字は、超絶素晴らしいことです。

私が20年程前に在籍していた外資系大手コンサルティング会社のパートナー(共同経営者)の顧客への当時の請求単価は1時間当たり15万円でした。

このレートで計算すると、1日3時間を顧客にチャージして1ヶ月に20日働いたとすると、月に900万円となり、年間売上が約1億円になります。

それで、パートナーの1年目の年俸が2,500万円でした。

大手の経営コンサルティング会社の場合、パートナーが一人で働いているわけではなく、自分の傘下にマネージャーやコンサルタントやアナリストを多数抱えて、複数のジョブを動かすことで、そこから上がりを得ているスタイルですが、それでも、一人のパートナーが関与する傘下のジョブの売上が年間で30億円に達することは、相当ハードルが高いと言えます。

ショーンK氏は嘘のパートナーは3人いるように振る舞っていましたが、実際のところコンサルタント何人で30億円を売り上げていたかを全く明らかにしていませんでした。

でも年間30億円の売上があるコンサルティング会社の代表者の年収が、1,000万円のはずがありません。人件費と事務所経費以外に仕入がない業種ですから。

億単位の年収があると考えるのが、道理にかなっています。

つまり、ショーンK氏にとって、一番重要なキャラ設定は、世界を股にかけて多額の稼ぎがあるビジネスマンだという点なのです。

そのストーリーに信憑性を持たせるための、学歴であり、人種であり、出身地だと考えるべきです。

九州の田舎の高校を出た日本人が、コンサルティング会社を起ち上げ、今や年間30億円の売上を誇る会社のオーナーにして首席コンサルタントだと言われても、誰一人信用しないでしょう。

さらに周到なことに、ショーンK氏は、過去に一度だけ会社の売上高をテレビ番組で公表したことがありましたが、その後会社の売上高や自分の年収については一切触れることはなく、そのプロフィールと出で立ちによって、「稼ぎがいいに違いない」というイメージを見る人に与えていた点です。

さて、これで結論かというと違います。まだ、話は続きます。私が本当に言いたいことは、ショーンK氏のこうした嘘のプロフィールづくりの周到さではありません。

結局、ショーンK氏は私たちの側の価値観に寄り添って、自分のキャラ設定を考えたに過ぎません。

私たちが、見せつけられて、最終的にその人の言動に対する信憑性を高める対象は、学歴でもなければ経歴でもありません。

東大卒であろうが、ニートで落ちぶれている人に対しては、「東大出のくせして、何しているんだ」と蔑みます。

高い学歴を持ちながら、それを活かして稼げていない人間は、無能の烙印を押されて発言の機会を奪われるはずです。

また、かつて複数の会社を経営し多額の報酬を手にしていた人であっても、会社を潰して、いまは清貧に甘んじている人に対しては、「敗軍の将は兵を語るな」と軽んじます。

つまり、私たちの多くは、知らず知らずのうちに金銭一元的な価値観に染まっていて、自分自身への評価も他人への評価も、稼ぎの多寡によって行っているのです。

「稼いでいる人は偉い。だから、稼いでいる人の言葉は傾聴に値する」

「稼げていない人はダメだ。だから、稼いでいない人の書生論など聞くに値しない」

「稼いでいる私は偉い。だから、薄給の輩に意見などされたくない」

「稼げていない私はダメだ。だから、自信が持てない負け組だ」

一般的に私たちの多くは、「なにを言うかよりも、誰が言うか」の方が重要な判断基準で、一部の学者に対しては、その学識の高さに対して敬意を表して、彼らの語る言葉に耳を傾けることはありますが、それ以外の人間に対しては、稼ぎ高によって序列化を図り、傾聴するかどうかの境界線を引いてはいないでしょうか。

会社では「そんなたわ言は、ちゃんと稼いでから言え!」と一蹴され、家では「お父さんのみたいな稼ぎの悪いサラリーマンにならないように」と母親が子どもに発破をかけている。

一方で、かつて「金で買えないものはない」と言い、その後経済事犯で刑に服した人物は、出所後もマスメディアを通じて自己の言説を展開し続け、しかも聞く耳を持つ人が多いという事実があります。

つまり、現代は多様な商品やサービスに囲まれていて、多様な価値が溢れているように誤解している人が多いのですが、実のところ、いまの日本における価値の違いとは、金額の量的な差異でしかないのです。

ショーンK氏は、そうした当世事情を的確に見抜いたという意味では、眼力がある人間であると言ってよいでしょう。

そういった、「場の空気を読む能力の高さ」は、彼が持っている傑出した能力の一つです。

このことについては、日経ビジネスオンラインで小田嶋隆氏が適切な表現をしています。

参考リンク▼
ア・ピース・オブ・警句 『彼にみんなが騙された理由』

 

経歴をそれらしく飾り立てるための能力と、ランダムに発生する事件にそれらしいコメントを添えてみせる能力は、そんなに遠いものではないということでもある。

 

というのも、自分の専門分野と特段の関連もない日々の出来事に事寄せて、凡庸でこそないものの、独特過ぎることもない、最終的に無難なコメントをとっさのアドリブで供給し続けるために必要な資質は、経歴を詐称した状態で世間に対峙している病的な嘘つきが、自分の身辺の細部に散りばめられた大小のウソを、破綻させることなく運営していく中で培ってきた「場の空気を読む能力」とほとんど同じもので、つまるところ、ニュースへのコメントの大きな部分は、擬似的な大衆の反応をパイロットしてみせる感情の偽装みたいなものだからだ。

 

嘘つきは、常に人々の顔色を見ている。

 

誰が自分の言葉に不審を抱き、自分の発したどの言葉が相手にアピールしているのかを、他人を騙すことを生業としている人間たちは、四六時中見極めようとしている。

 

というよりも、日常的にウソをついている人間は、ウソがバレるギリギリのボーダーを常に意識しているわけで、その意味において、空気読みの達人なのである。

 

でも、ショーンK氏は、空気読みの達人であるがゆえに、世の中に瀰漫している金銭一元的な価値観に縛られることになり、コメンテーターとしての発言の自由度は狭められます。

なぜなら、「世の中には、お金以外に大切なことがある」という含意のコメントを、稼いでいる人(≒稼いでいるように見える人)が語ると、見事に見え透いた「あるべき論」になってしまうからです。

ショーンK氏のコメントを聞いて、「まともなことを言っていたと」感じている方は、あなた自身が金銭一元的な価値観に支配された立派な現代人であり、彼は人の顔色をうかがうことに長けているのだから、当然の結果を得ただけです。

さて、ショーンK氏のカムバックについてですが、、誰かが語っているような「ハーバードのMBAを正規に取得して出直せ」というやり方は、進化に乏しいという意味で、あまり意味があるとは、個人的には思えません。

学歴や経歴に実態がなかったのが悪いのなら、実際に学位と経歴を積み重ねれば原状回復が図れるという考え方は、世間の空気を読み顔色をうかがっている姿勢を延長させたに過ぎません。

もし出直すなら、自分自身も利用していた世の中に横溢する価値観を転覆させる切り口から、舌鋒鋭く意見陳述したらどうでしょうか。

「人を見かけや肩書きだけで判断してはいけない」「ものごとの本質は見極めることの大切さ」「本当の意味での多様性の価値」・・・

自分自身の持つ経験と資源を最大限活かして、リアリティある言説を述べるうえで、あながち的外れな戦略ではないと思います。

ただし、テレビやラジオ自体が金銭一元的な価値観を体現する代表的なツールである以上、価値観を常に倒置するような発言を求められてはいません。

たまにデッド・ボールを投げるピッチャーは、場を盛り上げる選手になれても、毎回デッド・ボールを投げたり、頭部へ危険球を投げるピッチャーは、そもそも試合への出場機会を得られないので、これまでと同じ席を望んでも手に入れることは難しいはずです。

お節介な話かもしれませんが、ショーンK氏がカムバックするためには、先ず自分の立ち位置についての判断が求められることになります。果たして、彼は何を基準にどう判断をするのか。それは、彼のみぞ知るところです。

 

3 経営と言葉の定義について

勢いにまかせて、とっちらかるままに書き連ねていたら、経営とはあまり関係のない話ばかりになってしまいました。

そこで、強引に帳尻を合わせるために、最後に「経営と言葉の定義」について言及します。

ショーンK氏のビジネス英語の勉強会で、日米の文化の違いの一つとして、言葉の定義が習慣化されていることをあげました。

ところが、日米の比較文化論として言葉の定義の重要性を語っていたショーンK氏が、今回の一件について釈明している言葉を読むと、ハーフ・学位・パートナー・会社などの言葉の定義を曖昧にすることで、恣意性や悪質さを減じようとする姿勢がありありと出ています。日本人の弱みを知るからこそ、言葉を上手く操って虚構をつくり出したとも言えるし、もっと早い段階で突っ込みを入れなかった私たち日本人に非があったとも言えます。

でも当時の私は、「なるほど、日本においても、企業組織内のコミュニケーションをより的確に行うためには、言葉の定義を明確にすることが大切だ」と思いました。

同時に、窮状にあえぐ日産自動車に、カルロス・ゴーン氏が乗り込んできたときにも、リバイバルプランの中で、社内で使う言葉の定義を整備し共有化する取り組みをしたことに、欧米流の文化が色濃く反映されていたことにも気付きました。

その限りでは、ショーンK氏のクリアな言葉の定義についての示唆には、いまでも感謝しています。

しかし、いまは言葉の定義について、別の考え方も必要だと思っています。

なぜなら、議論の開始地点として「キーワードを設定して、まずは言葉の定義を明確にしてから、話をはじめる」というやり方は、原因と結果の順序が理解できていない人が犯す誤りだからです。

そもそも、人の意見が食い違うのは、言葉の定義が違うことに他なりません。

名詞に属する簡単な言葉、たとえば、石とか自動車とかパソコンなどについて、一意的に定義をすることは簡単なことですし、異論が出ることは少ないものです。

でも、会社において「利益」とか「責任」を論じようとか、私生活において「愛」とか「幸せ」を論じようとかするときに、それが何を意味するかという定義について意見が噛み合わないのであり、お互いの意見を陳述して妥協点を探るなどというシステマチックな方法で、一意的に定義が決まるなどということはありえません。

たから、言葉の定義を明確にしてから始められる議論などというものには、最初から大した内容は伴いません。

むしろ、言葉の定義に食い違いがあることを前提に、それを放置せず、すり合わせのために議論を開始すること自体にコミュニケーションの価値があるのです。

そういう遂行的な取り組みを等閑にしている組織が、最終的に業績不振に陥り、外部からやって来たカルロス・ゴーン氏のような人物によって、緊急事態において強権的に言葉が定義される必要があっただけです。

つまり、組織において重要なキーワードについて一意的に定義を決めてしまうことに意味があるのではなく、コミュニケーションを継続的に喚起するための鍵となる言葉が適切に認識されていて、その定義について継続的な議論が行われているほど、風通しがよくて求心力を持つ組織になりやすいということになります。

企業における「意義」とか「使命」とか「顧客」などの言葉は、一意的に定義が難しいけれど、それが何を意味するかについて組織としての共通した認識を持つことは、経営者としての「重要な」職責です。何が「重要か」についても、意見が食い違い議論を要することですが・・・

当然、優れたコンサルタントは、言葉の大切さと同時にナイーブさを十二分に理解しているはずです。

だから、仮に立派な学歴と経歴を持ったコンサルタントであったとしても、例えば「コンサルタントとは?」という言葉の定義についての質問を投げ掛ければ、その能力に詐称が含まれているかどうかが、きっと分かるはずです。