1 やってみわかる不自由が多い社長業

いま社長になっている人の中には、「9時から5時の時間に縛れたサラリーマンなんか窮屈でやっていられない」と思い、より自由な仕事スタイルを求めて起業したという方が相当数いるはずです。

 

そういう人は、社長になれば、あらゆる束縛から解放され自由になれると信じ、「誰よりも遅く出社して、誰よりもたくさん給料をもらえる社長になりたい」と、お気楽に考えていたはずです。

 

でも、全ての社長は、実際にその立場になってみると、現実は甘くないことを思い知ることになります。

 

働かなければ給料は出ません。と言うか、働いても給料が出ないことがあります。

 

せめて時間の自由くらいはと思っても、資金繰り、営業、納品、採用、事務所の掃除・・・など、特に創業期の会社の社長がやらなければならない仕事が山のようにあって、休みもろくにとれません。

 

おまけに、日本国憲法第22条第1項で保証されている「職業選択の自由」すら、実質的に社長にはありません。

 

他に面白そうな仕事が見つかったので、会社を放っぽり出して、来月から転職するなんてことは出来ません。

 

自由な仕事のスタイルを求めて社長になったものの、いざなってみると「社長というのは、なんと不自由な職業なのだろう」と実感しているのではないでしょうか。

 

たしかに、社長という職業は、周りが思っているほど自由なものではありません。

 

2 社長だからこそ持つ選択の自由とは

でも、社長というのは、多くの不自由と引き替えに、社長だから持つことが出来る自由を手にしています。

 

その自由とは、「事業を選択する自由」です。

 

自分の会社が、どのような事業を運営するかは、社長が自分で決断していいはずです。

 

ところが現実には、大半の社長は、この貴重な社長だからこそ持っている権利を行使して、自主的に事業を選択していません。

 

前の会社でやっていたから、親から引き継いだから、知り合いに勧められたから・・・というだけの理由で、安易に事業を決めてしまっています。

 

特に親から会社を承継した社長は、「先祖代々続けてきた事業をやめるわけにはいかない」と無意識に思い込んでいる人がたくさんいます。

 

しかし、永遠に続く事業はありません。事業には、明らかに時代や環境に応じて「儲かる」事業と「儲からない」事業があります。

 

人材を採用すること、組織を作り上げること、資金繰りをすること・・・どれも社長がやらなければならない仕事かもしれません。

 

でも、「社長にしかできない」という点においては、変化していく市場と顧客を見据え、これまでの事業やビジネスモデルを変えることに勝る仕事はありません。

 

それにも関わらず、「いまやっている事業を変えることはしない、できない」と思い込んでいる社長は、驚くほど多いのです。

 

「うちの会社は社員を大事にしています」とか「当社は和気あいあいとした家族的な経営なんです」と自慢してみたところで、社長が儲からない事業を選択して固執していると、社員がいくら頑張っても業績は上がりません。

 

それでは、真面目に働いている社員が浮かばれないということになります。

 

事業選択の自由を活かせない社長がたくさんいる一方で、反対に、無節操に事業選択の自由を行使する社長が少数ながらいます。

 

建設業なのの飲食店を始めたり、製造業なのにホテル業を始めたり・・・

 

「儲からない」事業に固執してはいけないんだから、「儲かる」事業であれば間口を広げてチャレンジすることのどこが悪いんだ!

 

そう反論したくなる気持ちは分かりますが、一部の例外を除き、現在の事業と全く畑違いの事業へ無節操な進出は、(具体的な統計数字まで用意していませんが)ほとんどは失敗しています。

 

事業選択の自由は最大限に活かすべきですが、無節操な展開は避けなければならない。

 

ここで、自社の「ドメイン定義」を適切に行うことの必要性が前景化してきます。

 

3 ドメイン設定を適切に行う3つの意味

事業を成功させるためには、適切な事業領域を定めることが重要であるという考え方は、「ドメイン論」として議論されています。

 

突然「ドメイン」という言葉を使いましたが、事業活動の領域、事業活動の範囲を意味します。

 

ドメインを適切に設定する意味は3つあります。

 

第1は、経営資源の分散を防ぐことです。

 

企業の保有している資金、設備、人材には限りがあります。何にでも手を出すと、有限な資産が分散してしまい、必要な働きが出来なくなります。

 

第2は、探索の分散を防ぐことです。

 

前段でも述べたとおり、企業は今やっている事業をずっと続けていくわけにはいかず、新たな事業を生み出していく必要があります。

 

そのとき、次に何をやるかについて探索を行う範囲を絞り込んでいないと、何を探したらいいか分からなくなってしまいます。

 

結果的に「儲かれば何でもよい」ということになり、全く畑違いの分野へ進出し、失敗する確率を高めます。

 

第3は、ドメインを適度に抽象的に定義することで、機会損失を防ぐことです。

 

ドメインの定義は「絞り込む」ことに意味がある一方で、具体的すぎてはいけません。

 

ドメイン定義における具体性と抽象性のバランスをとることが、事業の新展開を成功させるために不可欠です。

 

なぜなら、あまり明確に線引きをしてしまうと、その中から出ていけなくなるからです。

 

浜松にテイボーという会社があります。この会社はある製品で国内シェア6割、海外シェア5割を誇る世界一のメーカーです。その製品とはペン先です。

 

テイボーは明治29年の創業時には帝國製帽という社名でした。長年、フェルト製の紳士用中折れ帽の専門メーカーでしたが、太平洋戦争後、帽子の衰退とともにフェルトのペン先製造へシフトし、さらにアクリル・ポリエチレン・ナイロンなどの合成繊維製のペン先も製造するようになりました。

 

自分たちを帽子屋だとドメイン定義していたら、ペン先製造への転換は難しかったはずです。

 

以上のように、ドメイン設定をする意味のうち、第1と第2は具体性が高く抽象度が低い方がよい一方で、第3については具体性が低く抽象度が高い方がいいのです。

 

問題は、その程度の判断に正解はなく、それぞれの会社で独自に決めなければならないという難しさがあることになります。

 

テイボーを例にすると、ドメイン設定は次のとおりに変遷しました。

 

フェルト帽子製造 → フェルトのペン先製造 → 毛細管現象と樹脂加工技術を活用したペン先製造

 

ドメインの再設定をする度に、それ以前の範囲よりも拡大していることが分かります。同時に、それ以前のドメインと全く無縁ではなく、重なり合う部分があることがポイントです。

 

4 ドメイン設定における2つの志向

テイボーの場合には、ドメインの設定が「製品志向」でしたが、第3の意味である機会損失を防ぐという観点からは、「市場志向」の方が望ましいというのが、最近の考え方です。

 

あまりにも有名な話として、アメリカの鉄道会社が衰退した原因は、製品・サービス志向で「鉄道の運営」とドメインを定義していたためと言われています。

 

これを市場志向で、「人とモノを運ぶ運送業」と定義しておけば、ライバルとして自動車や航空機が現れたときに、迅速な対応が出来るというわけです。

 

ただし、市場志向の場合も、抽象度の設定には難しさがあります。

 

たまに見かけますが、「人を笑顔にし幸せに貢献する」というような表現だと、全ての事業が当てはまることになり、結局何も決めていないのと同じになってしまいます。 

 

弊社の場合、このドメイン設定を行う前に、製品志向の視点から絶対にゆずれないこだわりと、市場志向の視点から強みを超えた極みを明らかにするフェーズを必ず行います。

 

これまで以上に、事業のライフサイクルが短くなっていく時代においては、一貫性を維持して迅速なビジネスモデルの刷新を図っていくために、ぶれない基軸を社内で共有することの意味が高まっているからです。

 

これを機会に、自社のドメイン設定について、じっくり検討することをお勧めします。