世の中は民主主義によって成り立っているので、企業組織においても民主主義的な合意形成を図ろうとする社長がいます。

 

先日相談にみえた地方の名門企業で金属加工を本業とするH社の社長が、こんなことを口にしました。

 

「自分は傍から見たらワンマンな社長だったかもしれないが、一人で会社を牽引してきた。

 

でも、親族に後継者がいないこともあるので、自分の引退に合わせて資本と経営の分離を行い、現幹部による合議制を取り入れようかと考えている」

 

H社のように創業者が先導しなくても、自らの能力に自信が持てない後継者が「これからは社員の皆さんの意見を聞き入れて会社の方針を決めていきます」などと言い出す姿をこれまでも目にしてきました。

 

だが、合議制を取り入れることには、もっと慎重になるべきです。

 

その理由は3つあります。

  1. 意思決定のスピードが遅くなる
  2. 責任の所在が曖昧になる
  3. 非論理的である

 

ちなみに、ここで言う「合議制」とは、単純な多数決だけに留まらず、日本企業に根付いている「稟議」や「根回し」という広い意味での集団的合意形成を指しています。

 

1. 意思決定のスピードが遅くなる

合議制を好む心理には、2つのバイアスが働いています。

 

一つは、「正しい」結論にこだわっていることです。

 

いくつもの戦略的打ち手のうち、現在の経営環境に最も適した戦略を選ぼうという考え方です。

 

「いやいや、そんなの当たり前でしょう。どこが悪いのですか?」という反論が出てくる方は、この病気に立派にかかっています。

 

「最適」という言葉は、アカデミックな場では好んで使われますが、よく考えてみると、ずいぶんと観念的な言葉です。

 

なぜなら、そもそも神ならぬ人間である以上、どんなに時間をかけて意思決定をしたところで、その結果が最適である保証を与えてくれる「人間」はいないのです。

 

だから、本当の意味で実践的な意思決定とは、最適にこだわることではなく、一の矢の他に二の矢、三の矢を用意しておくという形で、戦略を重層的に設定するとか、失敗を前提としたテスト・プロセスを準備するといったことにこだわることなのです。

 

合議制にこだわれば、はじめから最適な結論が導かれないにも関わらず、時間だけを浪費するという結果を招くだけです。

 

2. 責任の所在が曖昧になる

「合議制」で決めた決定事項に対しては、確実に全員が責任を取りません。

 

連帯責任なんだから、多くの人が責任感を持ってくれるはずだと誤解している社長がいますが、絶対にそんなことはありません。

 

最悪なのは、社長自ら「みんなで決めたんでしょ?」と責任逃れを始めてしまうことです。

 

誰も責任をもって取り組まない決定事項が上手くいくはずはありません。

 

3. 非論理的である。

そもそも、多くの人が支持することを理由に決定を行っても上手くいきません。

 

「ボルダのパラドックス」の中で、それが証明されています。

 

ここに、仲良し7人組がいて、夏休みに旅行に行くことにしたので、どこに行くかを話し合っているとする。

 

しかし、東京ディズニーランド(TDL)、ユニバーサルスタジオ(USJ)、北海道の3つの行き先が出て、なかなか話がまとまらない。

そこで、多数決によって行き先を決めることになる。それが、一番民主的だと学んできているはずだから。

では、7人がそれぞれ以下のような選好順序を持っていると仮定してみる。

 

A子 TDL>USJ>北海道

 

B子 TDL>USJ>北海道

 

C子 TDL>USJ>北海道

 

D子 北海道>USJ>TDL

 

E子 北海道>USJ>TDL

 

F子 USJ>北海道>TDL

 

G子 USJ>北海道>TDL

 

さてこの仲良しグループが「最も行きたい目的地」を一つ書いて投票すると、以下の結果になりました。

 

3票 TDL

2票 USJ

2票 北海道

 

行き先は、3票集めたTDLに決定しました。

ところが、同じグループで「最も行きたくない目的地」を一つ書いて投票すると、以下の結果になりました。

 

4票 TDL

3票 北海道

0票 USJ

 

一見すると不思議に感じますが、この場合でもTDLに決定することになるのです。

つまり、この7人で多数決をとると「最も行きたい目的地=最も行きたくない目的地」となり、とても理性的な選択とは言えなくなります。

 

 

合議制は企業組織が老化している証である

冒頭で取り上げた金属加工を本業とするH社のように、経営者が世代交代した場合、企業が若返ったと単純に考える人が多いものです。

 

しかし、企業が「若さ」を保っているか「老化」しているかは、経営者の年齢で決まるものではありません。

 

意思決定において、一人のワンマン社長によって独裁的な意思決定が行われる場合に、「尖った」結論が出てきます。

 

ところが、多数の人間による合議や承認によって意思決定がなされる制度においては、皆で寄ってたかって「尖った」ところに否定的なコメントを入れてしまい、最終的には必ず「骨抜き」にされます。

 

こう言うと、「それでは、独裁的な意思決定が優れているのか」という疑問が出てくるでしょう。

 

どちらの意思決定の方法が、いいか悪いかは、詰まるところ以下のどちらの意思決定方法を選ぶかということに帰着します。

 

・間違えるかもしれないが、思い切った意思決定をする

・間違える確率は低いが、(過去から現在の延長線上にある)凡庸な意思決定をする

 

そして、歴史が長い立派な会社ほど、稟議書にズラッと判子の欄が並んでいることが象徴しているように、集団的意思決定を採用していること自体、組織の老化を意味しているのです。

 

補足しておくと、「議論を尽くす」ことと「集団で意思決定をする」ことを混同している人がいますが、全く異なるものです。

 

意思決定のプロセスには、「情報収集による選択肢設定」段階と、設定された選択肢の中から「最終選択をする」段階がありますが、「議論を尽くす」ことが重要なのは、前段の情報収集段階においてです。

 

意思決定に多数の人間が関与することは、凡庸な結果を招く以外のなにものでもなく、結果的に「差別化」には繋がらない意思決定になります。

 

社長は決めるのが仕事ですが、決して常に「正しい決定」をするのが仕事ではありません。

 

むしろ、リスクをとってでも「尖った」決定をするからこそ、社長という地位と報酬が与えられているはずです。

 

その社長としての職責を全うするためには、意思決定内容以上に、意思決定プロセスを重視することが大切ですから、間違っても合議制などになびかないようにしましょう。