できる社長ほどぶち当たる壁とは

企業の改革や再建の取り組みは、緊急急を要する財務的改革が一段落すると、事業的改革へと歩を進めます。

 

その際、戦略の見直しをしたり、戦略の変更に伴い商品の見直しをしたり、新たなビジネスモデルを設計したりというように、ハードの部分から手を着けることが多いのです。

 

そして、一通りハードの再構築が済むと、つぎに人材の強化や組織の見直しといったソフトの部分へと移っていくことになります。

 

ハードの部分でもソフトの部分でも、真剣に取り組んだ場合は、いくつもの障害を乗り越えていく必要があります。

 

それでも、ハードの部分への取り組みは、できる社長がいれば、社長一人が獅子奮迅の働きをすることで、何とか乗り切れてしまうものです。

 

ところが、ソフトの部分へ改革の取り組みが移った途端に暗礁へ乗り上げることが多いのです。

 

特に、できる社長が人一倍頑張って、ハード部分の改革を行ってきた会社ほど、その傾向が強いと言えます。

 

新たなビジネスモデルが回りはじめて、少数精鋭で進めてきた体制に限界が見え始めて来たので、新たな人材を採用して育てよう、既存の社員の中から役職者を抜擢しよう、と考えて実行に移すものの、新入社員にも既存の社員にも期待を裏切られてガッカリしている社長の姿を幾度も見てきました。

 

このコラムにおいて、過去に「第55話:人は育たない」というテーマで、人は育てるものではなく、自ら育つ人に入社してもらうことの重要性を伝えました。

 

だから、社長がガッカリする理由の一つは、「育たない人を無理矢理育てようとしていること」にあります。

 

でも多くの社長がガッカリしている訳は、もっと低いレベルところにあることが多いのです。

 

理屈としては、「できる人々」を集めて「できる組織」をつくることを目指して、「できる人」を「できる組織」づくりの担い手にすることは、成功への最短ルートのように思えます。

 

しかし、世の中を見回すと、それがなかなかうまく行かないことを、あちらこちらの事例や自分の痛い記憶から知っているはずです。

 

できる社長が押しつける勝利の方程式

「できる」と言われるためには、継続的に高い成果を上げ続けている必要があります。

 

一度や二度くらいよい結果が出ただけでは、「まぐれ」とか「運が良かった」と言われるだけで、「できる」人とは認められません。

 

だから、「できる」社長の中では勝利の方程式とでもいうべき定石ができあがっています。

 

より「できる」人ほど、「こういう場合は、こうすればいい」という状況ごとの引き出しを他人よりたくさん持っていることになります。

 

人が他人に何かを教えるとき、大抵自分の中にある勝利の方程式を提供します。

 

それは、もちろん良かれと思ってやっているのですが、結果的に「自分のやり方を押しつけているだけ」で終わることが少なくありません。

 

最近はあまり聞かなくなりましたが、10年ほど前に流行ったコンピテンシーの落とし穴も、ここに原因がありました。

 

ご存じのとおりコンピテンシーの考え方は、「高い成果をあげている人々の行動特性を分析し、その共通項を明らかにすることで、採用や人材育成につなげる」というものです。

 

もっと簡単に言うと、「できる」人の良いところを真似しようという方法です。

 

以前ある会社で、「できる」営業マンのコンピテンシーを分析して、その一つとして「顧客への対応力の高さ」があげられました。

 

具体的な行動レベルまで落とし込んでいくと、「24時間365日携帯電話に応答する」ということが出てきました。

 

24時間365日電話応対をすることは、そもそも労働条件としてあり得ないことですが、この会社は売上が達成出来ない営業マンに「携帯電話には、いつ何時でも出なさい」という指導をしました。

 

結果はどうなったかというと、誰もその通りに行動する営業マンはいませんでした。

 

この場合は、指導内容自体が違法という問題がありますが、それは脇に置いたとしても、別の問題が見逃されています。

 

コンピテンシーの導入を試みた会社の多くは、「できる」人のコンピテンシーは、そう簡単に「できない」人には取り入れられないという苦い経験をしているはずです。

 

その理由は、「行動に至る動機」を無視しているからです。

 

「できる」人が、なぜ生き生きとその行動をするかという理由こそが重要なのです。

 

本当にコンピテンシーを人材育成に活かすには、行動を生み出している内面的な動機に目を向けなければなりません。

 

そうしなければ、コンピテンシーは結果を評価するには役立っても、人を育てるための有効な手段にはなりません。

 

「電話を小まめに顧客に入れる」営業マンは、もともと人と話しをすることが好きなのです。

 

話し下手な営業マンに「一日最低一回は顧客に電話をしろ」と指導をしても、その行為の正しさは理解できても、そうすることが自分らしい行動だと思えず、生まれてくるのは苦痛だけでしょう。

 

「できる」社長が「できない」社員に良かれと思って教えることも、コンピテンシーの問題と似ています。

 

「できる」社長は、単に勝利の方程式を教えるときに、なぜそれが良いのかという自分の動機を当然のものとして扱います。

 

多くの「できる」社長は、経験にもとづく自信とともに「あるべき論」を「できない」社員に押しつけています。

 

しかし、社員は自分の中にある内発的な動機づけの要素と、社長にもらった「あるべき論」が衝突して、最終的には抵抗の壁によって弾き返してしまいます。

 

教える力があるからこそ育たない

「できる」社長は、いくつもの思い込みを持っています。

 

「人は高い目標を掲げると燃える」「仕事が遅い奴は怠慢だ」・・・

 

こうした「できる」社長の最大の問題は、自分のプラス面が逆にマイナスになる危険性に気付いていないことです。

 

むしろ、社員批判をすることで自分を正当化しようとします。

「チャレンジ精神のない奴ばかりだ」
「いくら教えても出来るよにならないからやる気がない」
「仕事に対する責任感がないだよな」

 

どんなことでも社員に不満を感じたら、すでに自分が落とし穴にハマっていると思ってください。

 

特に口には出さないまでも密かに「できる」社長だという自負があるなら、社員とのギャップが落とし穴をつくる危険性に敏感であるべきです。

 

まず、自分が一番仕事をしているという実感。これがあったら要注意です。

 

自分が忙しくて、社員が暇そうに見えるとしたら、社員の力を引き出していない証拠です。

 

でも「できる」社長の多くは、自分がきちんと成果を上げていることで自尊心を満たし、社員の力を引き出せていないことへの危機意識が希薄です。

 

また、自分の中に勝利の方程式があって、ある程度の問題は自力で答を出せると思っていたら、これも要注意です。

 

たしかに「できる」社長は、その定石によって社員より良い結果を引き出せる可能性が高いでしょう。でも、それは自分でやった場合に限ります。

 

もともと能力が高い自分のやり方で、社員が同じようにやれると考える方がおかしいのです。

 

「できない」社員に提示できるものがあるからこそ、教えることができるからこそ、人をうまく育てられないことがあることを忘れないでください。

 

つまり、社員と比べて自分の方がより良くできるような仕事をしていること自体に問題があるのです。

 

「社長にしかできない仕事」「社長がやるべき仕事」

 

この違いが何なのかを、「できる」社長は手始めに考えてみてはいかがでしょうか。