日本でTVドラマの視聴率が悪くなっている理由とは

最近、巷では日本のテレビが面白くなくなったと言われていますが、実際のところ私もそう思うことが多くなりました。

 

ニュース番組なんか事実を淡々と伝えて、あとは視聴者が勝手に何かを考えたり考えなかったりすればいいのに、アンカーとか解説者が自らの主義主張を展開する番組となっていて鬱陶しいです。(そもそも、どんなニュースを取り上げるかに、恣意性がもっとも働きますが・・・)

 

バラエティ番組の笑いの要素は、ナンセンスの比重が高まる一方で、シニカルとかウィットといった要素がほとんど消え失せています。

 

でも、最も没落したという意味では、ドラマに勝るジャンルはないかもしれません。

 

かつては、人気ドラマの視聴率が毎回20%を超えることは普通だったのに、いまでは10%行けば御の字という状況です。

 

その理由を考えると、先ずは内部要因として、制作費が少なくなった、腕の良い脚本家がいなくなった、演技力より人気目当てのキャスティング等があるのでしょう。

 

そして外部要因として、娯楽の種類が増えたので、毎週放送されるTVドラマを楽しみにしている人が減ったということもあるはずです。

 

さらに外部要因をもう一つあげると、海外ドラマの流入を無視することはできません。

 

もちろん私の子供時代にも、『刑事コロンボ』『ダラス』などの人気海外ドラマはありましたが、FOXチャンネルが『24 TWENTY FOUR』を放映した以降、続々と作られて世界的に人気を博したドラマ・シリーズは、中毒的に見る人を引き込んでいく面白さを持っています。

 

そうした海外ドラマにハマった人にとっては、日本のTVドラマのクォリティがますます低く感じられるために、TVドラマのファンはいても、日本のドラマではなく海外のドラマに限るという人が増えているはずです。

 

それでは、同じTVドラマでも日本で作ったものと海外で作ったものとの間には、どんな違いがあるのでしょうか。

 

「海外の人気TVドラマの制作費は桁違いに多い」ということが、大きな理由として語られることが多いのですが、それは原因と結果を取り違えています。

 

金がたくさんあるから面白いドラマを作ることが出来るのではなく、面白いドラマになるという確信があるから金をたくさんかけていると考えるべきです。

 

少なくとも、そう考えない限り、日本のTVドラマが生まれ変わる糸口はどこにもありません。

 

今も昔も日本のTVドラマは、テーマが日常のチマチマした「あるある感」に留まっていることが成功の条件で、度を超したフィクションの世界に足を踏み入れてしまうと、うそ臭さが漂って失敗するという構図は変わっていません。

 

でも、海外の人気TVドラマのテーマは、ほぼ全て度を超したフィクションの世界を描いています。ところが、そこには見え透いた嘘っぽさが前面に出てきません。

 

金をかけたセットや俳優の高い演技力や脚本の秀逸さという違いは、もちろんあるでしょうが、同じシチュエーションで同じセリフを日本人が口にするかアメリカ人が口にするかは、想像以上に大きな違いがあります。

 

なぜなら、「本音と建前」とか「以心伝心」とか「言霊思想」といった精神的バックグラウンドを持っている上に、平和ボケした日本人が。ドラマの中とはいえシリアスな言葉を口にしても、見る側がどうしても「そんなこと本気で思ってへんやろ!」というツッコミを入れたくなってしまい、妙に興醒めになるからです。

 

こんな日本人気質が、実はドラマの世界だけに留まらずに、経営の世界にも色濃く反映されているのではないかという問いかけが、今回のコラムのテーマです。

 

海外のビジネスマンは日本よりドラマ好き?

できる日本の経営者は時間管理の達人でもあるので、インプット可能な単位時間当たりの情報価値が低いTVなど見ないのが、時間という有限なリソースの生産性を上げるためのお約束になっています。

 

会話でテレビネタを振られたときに「ごめんなさい。TVを見ないので分からなくて」と言えば、スノッブを気取れること間違いありません。

 

ところが、アメリカの経営者は、日本とは少し状況が異なるようです。

 

参考リンク▼
ネットフリックス、Huluでも話題 なぜアメリカの経営者半数が海外ドラマを観るのか

 

2014年末、ソニー・ピクチャーズエンタテイメントを中心として設立された研究団体「海外ドラマLab.」は、マクロミルが行った「海外ドラマの意識調査」の調査結果を発表。

 

日本・アメリカ・イギリスのビジネスマン各300人を対象にした同調査では、アメリカやイギリスのビジネスマンがドラマから受けているさまざまな影響について、次のように分析している。

 

アメリカとイギリスのビジネスマンは、「ドラマで観た内容、シーン、ファッションを普段のライフスタイルの中で参考にしたことはありますか?」との問いに対して全体の80%以上が「ドラマを自身のライフスタイルの中で参考にした事がある」と回答した。

※日本人は38%に留まる

 

「アメリカのドラマ/イギリスのドラマの内容や表現方法、交渉術などをビジネスシーンで参考にしたことはありますか?」との問いに対しては、アメリカ人の70%、イギリス人の56%が「参考にしている」と回答した。

 

この調査結果によると、日本人のビジネスマンは、そもそもドラマをあまり見ないうえに、そこから仕事や生活のうえで役立つ何かを学ぼうという気持ちがない人の割合が多いことになります。

 

この違いが生まれる背景は、別の質問「ドラマを見る理由」への答えにヒントがあります。

 

アメリカ、イギリス、日本のいずれも「気分転換」が一番理由であがっています。

 

二番目の理由は、アメリカとイギリスでは、一番目の「気分転換」と僅差で、「ワークライフバランスの維持」となっています。

 

ところが日本では、ほとんど「気分転換」でドラマを見ていて、「ワークライフバランスの維持」は13.6%に留まっています。

 

ドラマを見ることの目的が、そもそも日本のビジネスマンと海外のビジネスマンでは違うことがわかります。

 

でも、こうした調査結果を見ても、何ら不思議ではありません。

 

欧米を舞台としたドラマなのだから、その中で出てくる交渉術や心理戦は、彼らにはそのまま役立つだろうけど、日本人には使えないところが多いと思っている。

 

だから、欧米のビジネスマンは、架空の時代や舞台設定であったとしても、そこでのやり取りには高いリアリティがあると思って見ている人が多い一方で、日本人は「ありえない世界のありえない話」として気楽に見ながら気分転換しているというわけです。

 

でも、日本人が美徳として持っている様々な特質は大事にする基本姿勢は維持しつつも、一方で「グローバリゼーション」と声高に語っているならば、そろそろ日本人のビジネスパーソンもおとぎの国から一方足を踏み出して、「ありえない世界のありえない話」と思っていることに、正面から向かい合うことが必要だと思います。

 

人気の海外TVドラマが共通して持っているテーマ

海外ドラマには、定番のジャンルがいくつかあり、その中には、ほのぼのとした気持ちにさせてくれるファミリー物や甘酸っぱい気分にさせてくれる恋愛物もたくさんあります。

 

でも人気作品の多くが掲げているテーマは「サバイバル」です。

 

実際に海外ドラマをいくつも見ると、個人の生き死にだけに留まらずに、仲間や国、果ては人類や地球の存亡に関わる状況を乗り越えていくというテーマ設定が多いことに気づきます。

 

穿った見方をすれば、そこには「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」というお決まりのテンプレートがあって、それに従って、いろいろなドラマのストーリーが展開しています。

 

まあ、そういう裏話はとりあえず脇に置いて、絶体絶命のピンチをどう乗り切るか、その選択と決定の連続こそが、サバイバルをテーマとした人気ドラマの中核的価値(コア・コンピタンス)なのです。

 

  • 母親、父親、親友といった個人としてのロール・モデルと司令官、大統領、議長といった公人としてのロール・モデルとの間で揺れ動く心。
  • 多数の命を救うために、少数の命を犠牲にすることの合理性と倫理性との間の相克。
  • 敵と味方という線引きをして、話合いが通用しない相手を倒さなければ、味方がやられるという状況で、非暴力主義を貫くのか実力行使に出るのかという迷い。
  • どんなに憎んでいる人間であっても、このピンチを乗り切るためには、打算的に手を組むべきかどうかという悩み。
  • どれほど自分がピュアに相手を信じていても、いざという時にあっさり裏切られる驚きと悲しみ。

 

このように、典型的な状況設定をあげると、「ありえない世界のありえない話」だと、ますます思う人が多いでしょう。

 

でも、アメリカ人はこういうシチュエーションを「ありえる世界のありえる話」として捉えているのだと思います。

 

実際に、現在も国として世界中に軍隊を展開して軍事行動を継続していて、国内でもテロが絶えず、凶悪犯罪が頻発し、民事上でも常に訴訟のリスクに晒されている。

 

だから、生死に関わる状況の中で、不断に選択と決定をしていくことがリーダーの責務だという点について、国民の合意が形成されているのです。

 

一方日本では、相手がどんな輩であっても話せば分かると信じ、自国だけ武装放棄すれば平和が維持されると信じ、隣国にあることないこと言われても聞き流すのが得策だと信じ、悪い出来事は口に出さなければ起こらないと信じ、都合が悪くなれば部下に責任を押し付けて保身を図るのが処世術だと信じているマインドの人達で溢れかえっています。

 

そんな日本人にとっては、「生きるか死ぬか」「伸るか反るか」なんて状況での選択と決定など、ドラマの中だけの話で、日常的なリアリティが薄くなるは当然です。

 

別に、欧米的な環境や信念が日本のそれより望ましいという良し悪しの話はしていません。そういう違いがあるという事実は認めておいた方がいいということです。

 

ここまで言うと、「それはあまりにも自虐的な日本人観ではないか」という反論が出てくるでしょう。

 

でも、日本人の特に多数派が決断を嫌っていることは、紛れもない事実です。

 

一人でランチにも行けず、皆でランチへ行った以上は、メニューを自分で決めるより、大勢に従って不味いランチを食べる方がマシだと思っているサラリーマン諸氏は決して少なくありません。

 

ある調査によると、料理を担当する主婦が最も負担に感じているのは、調理や食材の買い物よりも、献立を考えて決めることそのものだそうです。

 

決められたレシピにしたがって料理することや、使うことが決まっている食材を買い出しに行く手間よりも、料理のメニューを一から考えることが、何より彼女たちにとって気の重い作業だというのです。

 

それほど、私たちは、決断に伴うプレッシャーと、そこから派生する責任と、決断に費やす思考の負担を嫌っています。

 

なんて偉そうに行っている私自身も、似たようなものです。このコラムにしても、文章を書くことそのものよりも、ネタを考えることが何よりも負担だからです。

 

経営トップは、本当の意味で意思決定への関与度合いを上げよ

したがって、日本では経営トップですら、意思決定への関与を減らして、日常の業務が回ることを目指したがるのです。

 

そして、「日常の業務が回っているから、万事問題ないという」稚拙な論理を、本来頭の良い人達が平気で受け入れて、いざという時の腹決めが出来ていない事実を見ないで済ませているのです。

 

その代わりに、偉大なる案件決裁マネージャーとして、あるいはミドル・マネージャー時代に培った卓越した知識やスキルを武器にスーパー・エキスパートとして存在意義を示している経営トップが多いのです。

 

本来経営トップが果たすべき役割は、「何が問題かが問題だ」に答える枠組みの設定、価値判断基準の明確化、いざという時の戦略的代替案の創造などに積極的に関与することで、戦略的自由度を上げることなのです。

 

だから「それぞれの部門毎に、来期の課題と解決策をまとめよ」などと号令をかけているような経営トップは、全くもって仕事をしているとは言えません。

 

そのような社長がいる会社では、各部門の役員とミドル・マネージャーが自部門の最善を考えて改善案を提示して決裁を仰いだとしても、前提となる枠組みや判断基準そのものを引っ繰り返されて、多大な努力が水泡に帰すことがよく起きます。

 

また、部分最適に過ぎない各部門の提案を全て実現できるはずはなく、結局は各部門が痛み分けということになり、どの案も中途半端な資源配分しか受けられずに、大した成果をあげられないということも頻発しています。

 

経営者の仕事は、いざという時に蛮勇を振るったり、足がすくんで何も出来ないのに平静を装うことではありません。

 

平時にこそ、いざという時に備えて爪を研ぐことが仕事です。

 

  • 会社が潰れそうになったとき、事業を残すのか会社を残すのか
  • 会社を買いたいという申し出があったら売るのかどうか
  • 事業をしていくうえで絶対に譲れないこととは何か
  • 儲けが5倍になるために代償が必要だとすると、何を差し出すのか
  • 後継者として息子が適任でなかったらクビに出来るのかどうか
  • 不採算事業の立て直しをするとき、リストラをするのか全社員痛み分けでいくのか

 

例えば、以上のような状況を想定したとき、あなたは即答できますか?

 

あるいは、検討を行う場合の適切な枠組みの設定や価値判断基準の提示が、すぐに出来ますか?

 

海外TVドラマを見たからといって、経営における意思決定能力が向上する答がそのまま語られているわけではありません。

 

でも、究極の状況においてトップ・リーダーの決断の持つ価値の大きさを擬似的に知ることは無駄ではないでしょう。

 

そして、その決断のために、日頃から何を準備しておく必要があるかに気づくことも出来るはずです。

 

単なる他人事として高みの見物に徹するのではなく、常に「自分だったらどうするか」「その理由はなぜか」を自問しながら見ると、色々なことに気づくはずです。

 

実は日本にもビジネスマン受けの良いドラマはあります。

 

ご存じ『半沢直樹』や『下町ロケット』などの池井戸潤氏原作のドラマです。

 

人気の秘訣は、登場人物が主人公とその仲間、金融機関、ライバル会社という構図の中で、「こんな嫌な奴いるよな」とか「銀行って、こんなこと言うんだ」といった自己体験に半分根ざした「あるある感」を増幅しながら、長いものに巻かれているうちに自分が忘れてしまった純粋さを貫く主人公から、心理的な代償効果を得てスカッとする、という仕掛けなんじゃないでしょうか。

 

それはそれで「気分転換」という意味では悪くないと思いますが、特にトップ・マネジメントに関わる仕事をしている方は、もっと通常ではありえないと思われる世界まで想定の範囲を拡大して、日頃から意思決定に備えておくことが、私はより重要だと考えています。

 

そのために、たまには海外TVドラマを題材にすることは、方法の一つとして悪くないと思います。

 

最近見た海外TVドラマ『ワンハンドレッド』も色々考えさせられることが多かったです。シーズン3がどうなるか、今から楽しみです。