1 転ばぬ先の杖は人間の身体でも企業でも大切だが・・・

企業と専門プロフェッショナルの関係は、人間と医師の関係に見立てて考えると、わかりやすくなります。

その視点に立つならば、事故や急病で救急救命センターへ搬送されるのは、企業再生や事業再生に該当します。

そして、命に別状はないものの自覚症状に応じて、耳鼻咽喉科、内科、皮膚科などの診療科目を選んで受診をするのは、営業、マーケティング、財務、人事などの分野毎の専門家に相談をするのに似ています。

また、人間向けの医者も企業向けのドクターも、自覚症状が出て初めて出番があるという点も共通しています。

医師の場合、ドラマや映画の主人公になるのは『ブラックジャック』『白い巨塔』『ドクターX』などを見れば分かるとおり外科医です。

外科医は身体にメスを入れる手術を行うわけですから、治療の最終段階を担っていることになります。

つまり、医師の世界では、外科医のように切った張ったの施術をする人物に日が当たりやすいのだと思います。

反対に、自覚症状が出る前の早期発見とか重篤な成人病を引き起こす生活習慣の改善とかいった、予防分野の活動をしている医者は目立ちません。

しかも、マネタイズ(収益事業化)という点においても、今目の前にある危機を扱う方が簡単で、予防的な取り組みは集客という点で苦戦を強いられます。

まったく同様のことが、企業向けのドクターの世界にも当てはまります。

私は、自分自身が二代目経営者として企業再生を試み、結局は失敗したという経験から、当初崖っぷち企業を救うということに力点を置いていました。

「資金が足りない」 企業経営において、これほど明確で恐怖を伴う自覚症状はありません。

倒産の危機に怯える経営者は、万策尽きてから初めて、外部の専門家を自分で探して相談にやってきます。

実際に会って状況を確認すると、相談に来る時期が圧倒的に遅いことが悔やまれることがほとんどなのです。「1年・・・せめて半年早ければ」と思うことが。

相談のタイミングが遅いことで、「これ以上悪あがきはしないで、破産手続きをした方がよい」という引導を渡す最悪の事態になることもあります。

それでもおおくの場合は、ギリギリの状況の中でも建て直しのための方策はありますが、選択肢は限られるうえに大きな痛みを伴うことになります。

「汗をかき」「恥をかき」「義理をかく」という「三かき」を避けたキレイごとだけでは済まないのです。

このような再生案件に携わっているうちに、ある自明の理への確信が高まりました。

企業の救急救命はタフで貴い仕事ではあるけれど、企業と経営者の真の利益を考えれば、そもそも入院や手術やリハビリなどをしないで済む方がもっと良いはずだ。

 

全ての倒産の直接的な原因は「資金ショート」です。

でも資金ショートを招く原因は一つではなく、売上不振、原価管理、人材不足、規制緩和・・・など様々です。

ところが、さらに深掘りしていくと、一見すると原因に見える様々なことは、表層的な現象に過ぎないことに気付きます。

結局は行き着くところは、経営者が軸足を置く価値観とそれが反映された現在のビジネスモデルなのです。

それらを変えない限り、一時的に資金繰りが改善することはあっても、持続的な再生は実現しません。

しかし、余裕がある好調時ならまだしも、時間も資金も逼迫した状況の中で、事業構造やビジネスモデルを変えることは、口で言うほど簡単なことではありません。

だからこそ、病気になってから治すのではなく、病気になる前の健康体を維持するための「動的安定経営」の実現に力点を移したわけです。

このような話をすると、「その通り。だから当社は、そうならないように、日頃から経営革新に努めています」と自信満々で語る社長がいます。

たしかに、目先のことしか考えずに長期的な視点がゼロの経営は危ういですが、もっとタチが悪いのは、「やっているつもり」という中途半端な自信です。

昔から「生兵法は怪我の元」ですから。

 

2 経営計画策定のワナ

勉強熱心で、現状に甘んじることなく不断に経営革新に取り組んでいる経営者の多くは、次の3つの取り組みをしています。

  • 経営計画の策定
  • 経営革新のための社内プロジェクトの設立
  • 人材育成プログラム確立

優秀な経営者にとっては、俄には信じ難いことですが、単年度の経営計画すら立てない会社の方が世の中には圧倒的に多いのです。

こういう現実を知ると、経営計画を立て、社内プロジェクトをいくつも起ち上げ、中長期的に人材を育成する仕組みを作る経営者は、決断力と行動力を併せ持った数少ない有能な人物だと思えます。

でも、全員とは言いませんが、やっていることだけを見ると真っ当に思えても、よくよく中味を見ると、優柔不断で決断が出来ないために問題を先送りしているだけの経営者がたくさんいます。

その理由を解き明かしていきます。

『経営計画書』を見せていただいたとき、ページ数が多く小さい文字でびっしりとページが埋まっていると、真剣かつ緻密に作成されたと思うかもしれません。

でも重要なのは、体裁ではありません、もちろん内容です。

売上成長率、原価削減率、利益率、エリアカバー率、ブランドイメージなどの多様な目標数値がすべて、競合相手と同等かそれ以上の水準で設定されているような経営計画は、何も考えずに作成した実に不真面目な計画書です。

ライバル会社あるいは競合他社製品より優れた製品をつくるとか、すべての面で競合相手を凌駕する業績をあげるという方向性を定義することは、別に反対はしません。

でも現実的な問題は、人材や資金といった経営資源に制約があるので、すべての点において競合品や競争相手を上回ることは難しいということのはずです。

だから、「この分野では負けてもいいけど、こっちの分野では絶対に勝つ」とか「最初の2年間は準備のために低空飛行になるけれど、その後一気に逆転する」といった決断が必要なのです。

つまり、全ての項目で成長を図るという経営計画や全ての点で競合製品を上回るという製品企画などは、何も決めていないという意味で、何も考えていないのと同じなのです。

「何を残し、何を捨てるか」を決めることで、限りある経営資源をどこに投入するかを明確にすることが戦略の本質だからです。

もちろん、このような経営計画が予定通りに行くわけはありません。

すると、自分では決断をしたという幻想に浸っている経営者は、「英断を下したのに、実行部隊が力不足だ」と疑いもなく自己弁護に走るのです。

 

3 経営革新プロジェクトのワナ

情報に敏感で向学心が高い経営者は、社内にプロジェクトを複数起ち上げる傾向があります。

eコマース、ナレッジ・マネジメント、クレド、デザイン思考・・・新たな経営技法や手法が出てくると、それに対応して社内に次々と経営革新プロジェクトが生まれます。

また、企業風土改革とか21世紀ビジョンというような理念や価値観についての社内プロジェクトも続々と生まれます。

時流にも無頓着で、社員を巻き込んだ活動をまったくやらない経営者に比べれば、何かプロジェクトを起ち上げるだけマシじゃないかという考えがあるかもしれません。

でも、社内プロジェクトを頻繁に起ち上げる経営者は、やはり優柔不断で決断を先送りにしているのです。

その理由は、自分の頭でモノを考え決断を下すことを棚に上げて、世間一般の経営技法に目を向けて、自社にふさわしそうな経営方法を探していることの現れだからです。

また、社内コンセサンスに過剰に注意が向いている点も見過ごせません。

本当に自社に必要だと判断したのなら、社内で検討するまでもなく即座に導入すべきでしょう。

決断するということは、導入の際に考慮すべき事項も含めて見極めた結果であるべきですから、社内で検討してから決めるというプロセスでは、経営者が思考と決断を放棄している疑いがあります。

この場合も、経営者自身は、何個ものプロジェクトを同時に走らせているので、「自分はいろいろ決断をしている出来る経営者だ」と自己満足していることが多いのです。

でも、実際にはプロジェクトに駆り出された実力ある中堅や若手が忙しくなるだけで、何も決まりません。

 

4 人材育成プログラムのワナ

「企業は人なり」なので、人材育成は、どの企業にとってもいつの時代も不可欠な取り組みです。

だから、人材育成をすることに対して批判する人は誰もいないでしょう。

しかも人材育成については、まともな取り組みが出来ていない企業がほとんどですから、人材育成プログラムを確立したという事実は、その着手を決断した自分に対する満足感も与えてくれるでしょう。

でも、たいそうな人材育成プログラムを標榜している企業の内実を覗いてみると、やることの優先順位を取り違えていることが多いのです。

人材の育成は一朝一夕で出来るものではありません。時間がかかります。

いま目の前で火の手が上がり始めているのに、その火を消し止める人材を育成しましょう、という解決策は意味がありません。

人が育つ前に、火は燃え広がり会社は焦土となってしまうでしょう。

人材育成プログラムの導入に熱心な経営者ほど、実は緊急かつ中核的な課題を探ることを放棄し、理想論でものを考えていることが多いのです。

現在直面している本当にシビアな課題から目を反らすために、人材育成プログラムを導入するようでは、根本的な思慮が足りないと言わざるを得ません。

 

5 決断することは重要だが、「何を決断するか」はもっと重要だ

これからの時代、過去の成功体験にしがみついて懐古趣味に浸っている経営は通用しません。

だから、当然に経営を改革していく、あるいは革新していく取り組みを不断に行っていく必要があります。

「ゼロをイチにする」ことの難しさを知る人は、何もしていないより、何かしら実行していることを高く評価しますし、あながち間違いではありません。

でも、経営においては、深い思考を省いてカタチだけ整えても、改革や革新は実現しません。

むしろ、「出来ていないという」自覚を失う分だけ危険ですらあります。

経営革新に積極的に取り組んでいると自負している経営者は、本当は問題点を見極められずに解決を先送りしているだけではないか、改めて深く考えてみてはいかがでしょうか。