「企業は人なり」と言う経営者はおおい

「企業は人なり」。この言葉を好んで口にする経営者がたくさんいます。

 

企業や事業は、間違いなく人で決まることに異論はありません。

 

どんなサービスも製品も、あるいは経営基盤も、それをつくるのは人であり、それを売るのも人です。

 

しかし、本当にこの言葉の意味するところを考え抜き、そして行動に移している社長はほんの一握りではないかと思います。

 

わたしは、この言葉を口にする社長に「人材観」を問い掛けるようにしています。

 

すると、おおくの場合「うちは社員を大事にしていますよ」という答が返ってきます。

 

さらに「どのように社員さんを大事にしているのですか」と質問をします。

 

「福利厚生を充実させています」「社員との交流を活発に行っています」などの待遇の良さをアピールした後に、社長は一番力を込め語ります。

 

「うちは、社員の成長を一番に考えています」

 

その証として、教育研修制度がいかに整備されているかという話が続くのです。

 

新卒採用をすると、学生の側からも「御社は成長できる環境をお持ちでしょうか?」と聞かれることがおおいものです。

 

だから、教育研修制度が充実していれば「社員の成長を重視している、人を大切にする会社」という証明になると考えているのでしょう。

 

わたしも二代目社長として会社を引き継いだときに、こんなことを考えていました。

 

「わが社の社員は、能力の絶対値では大企業の社員に負けているだろう。でも、人間は持てる力のすべてを発揮していることはない。だから、能力をどれだけ発揮しているかという能力発揮効率を高めれば、会社全体のケイパビリティは上げられるはずだ」

 

そこで、現有社員のパフォーマンスをいかに引き上げるかを目的として、研修やプロジェクト活動などを展開しました。

 

このように「人は成長する」「人は育てるもの」と考えている社長はたくさんいます。

 

そして、有限な経営資源を活用するという観点からは、「人材の成長を図る社長は、経営手腕が高いできる社長だ」という評価を得ているはずです。

 

残念ながら「人は育たてられない」

残念ながら、大前提として認めなければならない厳しい現実があります。

 

人は育たてられない。

 

誤解がないように申し上げておくと、自分の失敗例を勝手に拡大解釈して一般論にしているわけではありません。

 

その後、窮地に陥った会社から業績好調の会社まで見てきましたが、人材を育てることについて、本当の意味で目を見張る成果を出している企業に出会ったたことはありません。

 

人が成長するということは、「変化する」ということです。つまり、考え方が変わるだけではなく、その人が実際に採用する戦略や具体的な行動が変わることを意味します。

 

会社で仕事をすることは、ゴルフで言えばコースでラウンドするようなものです。

 

プロゴルファーが実際のトーナメントで活躍できるのは、毎日きちんと練習しているからです。

 

ゴルフのルールすら知らない人が、毎日試合に出たとしても、驚くほどゴルフが上達することはないでしょう。

 

それと同じで、毎日会社で仕事をしているだけでは、人は成長しません。

 

新入社員がビジネスマナーを身に付けたとか、新人課長がその職務をこなせるようになったとしても、それは仕事に「慣れた」だけであって、その人材が「成長した」とは言いません。

 

なにかをきっかけに、自分を変えることに真剣に取り組んだとき、初めて人は成長します。

 

このことがわかっていない社長は、よい研修を受けさせれば、人は成長すると思っています。でも、それは誤解です。

 

どんなによい研修を選んでも、どんなに熱心に指導を行っても、それを自分にとっての変化のきっかけにできなければ、その人は成長しません。

 

「少しでも変わるきっかけになってくれたら」と、淡い期待を抱く気持ちはわからなくもありません。

 

かつての私もそうでしたが、その期待は見事に裏切られ続けてきたはずです。

 

人は「育てる」のではなく「育つ」もの

なぜなら、育たない人材は、誰がどんなに教育を施したところで、絶対に育たないからです。

 

オリックス時代にイチローを育てたのは仰木監督だとか、ヤクルトの古田捕手を育てたのは野村監督だとか言われていますが、あれはもともと素材がよかったから育ったのです。

 

人材も料理と同じで素材がいちばん大事なのです。

 

どんなに腕の良い板前でも、まずい魚をネタにうまい寿司など握りようがありません。だから、彼らは、いい食材を求めて朝早くから築地に出かけるのです。

 

人材は「育てる」のでななく「育つ」もの。だから、育つかどうかは採用した段階で100%決まっています。

 

思考の柔軟性、リーダーシップ、仕事への意欲の高さなどは、入社後の教育では上げようがないからです。

 

ところが、どういうわけか日本の経営者は「人材は育てるもの」という愛情論や「努力すれば誰でも成長する」という根性論を真面目に語りだします。

 

さらに、研修会社の営業担当者や社労士や何とかコンサルタントといった人びとが、「社長、御社の社員さんが成長する仕組みをつくりましょう!」という提案をしてきます。

 

誰もが伸びる研修など存在しないことや、社員が仕組みで成長するわけはないことを、提案している当の本人が一番知っているはずです。

 

もし本当に宣伝文句ほど効果があるなら、それを売り込むより自社の社員を鍛えて、別の商売でもっと大儲けしているはずでしょう。

 

社長の人材観が決める社員のレベル

冒頭で社長の「人材観」について述べました。

 

「企業は人なり」と口にしながらも、根本的には「雇っている社長の方が、雇われている社員よりエライ」という人材観を持ってはいないでしょうか。

 

「社長は会社で唯一無二の存在だし、だいたい借入金の連帯保証人になるなどリスクもとっているんだから、社長の方がエライのは当たり前だ」と、ほとんどの経営者は思っているはずです。

 

でも心底から「企業は人なり」と言うのなら、まず社員より社長の方がエライという考え方を捨てることから始めなくてはなりません。

 

「人が成長する」とは、「考え方が変わるだけではなく、その人が実際に採用する戦略や具体的な行動が変わることを意味する」ことなので、経営者が生き残りをかけて成長するためには、価値観の一つである人材観を変える必要があるのです。

 

いまだに社員に対して「雇ってやっている」と公言してはばからない驚くべき経営者がたまにいますが、そこまでいかなくても「会社が給料を払ってやっている」とか「会社あっての社員」と考えている社長は、口に出さないまでも相当数いるはずです。

 

採用面接のときに、面接官の態度が横柄だったという話を耳にすることがありますが、「こちらが選んで雇ってやるんだ」という意識の表れにほかなりません。

 

どんな企業も、現在の企業力で選べる人材だけを採用していたのでは、会社を伸ばすことはできません。

 

しかも、人は育たてられない以上、企業を選ぶ立場にある優れた人材に「入社していただいて」はじめて会社は伸びるのです。

 

だから企業は、規模は小さくてもこんなこだわりを持っている会社だとか、こんな未来シナリオを描いているということを積極的にアピールしていかなければなりません。

 

社長のモチベーションアップにかけている費用は社員に使うこと

さらに細かいことまで言うと、会社の立地とかオフィスの家具とかインテリアにも投資をすべきです。

 

利益をあげるためには、できるだけ無駄を省くという発想なのでしょうが、中小企業では社員の仕事環境にお金をかけない社長がおおいのです。

 

誰でも自分の家や部屋には気に入った家具を置いたり、なるべく快適な生活を送るための投資を惜しみません。

 

オフィスも一日の半分近くを過ごす場所なのだから、環境をより快適にしようという意識が必要です。

 

こういう話をすると、「まったくその通り。社員に投資をしたいと思っているけど、先立つものがなくてね」と、おおくの経営者は語ります。

 

でも、そんなことを言う社長の多くが、自分の車や社長室には金をかけているので困ったものです。

 

そもそも社長にとっては、自分の仕事であり会社なのだから、それだけで普通の社員よりモチベーションは高いはずです。

 

だから、社長のモチベーションを上げるために投資など意味がありません。

 

もし、社長自身がいい車を乗り回したり、毎晩飲み歩くことでモチベーションを維持しているならば、社員の問題以前に、自分がこの会社で社長を務めていることが妥当なのかどうかを真剣に考える方が先でしょう。

 

社長のモチベーションアップに回していた金をそのままそっくり社員の執務環境の向上に回すことで、社員が以前よりも高い意欲で仕事に臨み、よい新人が入社することになり、結果として業績が伸びるとしたら、これほど効果的な投資はありません。

 

もし社長の車や部屋がとても立派で快適なのに、社員の働く環境が悪ければ、「社員のために、そこまでする必要はない」という社長の人材観を現していることになります。

 

そんな人材観しか持っていない社長のもとに、よい人材は決して集まることはありません。