1 「企業は人なり」と言う経営者はおおいけれど

「企業は人なり」。この言葉を好んで口にする経営者がたくさんいます。

 

企業や事業は、間違いなく人で決まることに異論はありません。

 

どんなサービスも製品も、あるいは経営基盤も、それをつくるのは人であり、それを売るのも人です。

 

しかし、本当にこの言葉の意味するところを考え抜き、そして行動に移している社長はほんの一握りではないかと思います。

 

わたしは、この言葉を口にする社長に「人材観」を問い掛けるようにしています。

 

すると、おおくの場合「うちは社員を大事にしていますよ」という答が返ってきます。

 

さらに「どのように社員さんを大事にしているのですか」と質問をします。

 

「福利厚生を充実させています」「社員との交流を活発に行っています」などの待遇の良さをアピールした後に、社長は一番力を込め語ります。

 

「うちは、社員の成長を一番に考えています」

 

その証として、教育研修制度がいかに整備されているかという話が続くのです。

 

新卒採用をすると、学生の側からも「御社は成長できる環境をお持ちでしょうか?」と聞かれることがおおいものです。

 

だから、教育研修制度が充実していれば「社員の成長を重視している、人を大切にする会社」という証明になると考えているのでしょう。

 

その昔、わたしが二代目社長を引き継ぐ前に、先代の社長もよく「企業は人なり」と言っていました。

わたしも社長を引き継いだときに、こんなことを考えていました。

 

「わが社の社員は、能力の絶対値では大企業の社員に負けているだろう。でも、人間は持てる力のすべてを発揮していることはない。だから、能力をどれだけ発揮しているかという能力発揮効率を高めれば、会社全体のケイパビリティは上げられるはずだ」

 

そこで、現有社員のパフォーマンスをいかに引き上げるかを目的として、研修やプロジェクト活動などを展開しました。

 

こんな考え方をしていたことは、今となっては闇に葬りたい恥ずかしい過去ですが、「人は成長する」という信念に基づいた発想でした。

 

でも同じように「人は成長する」「人は育てるもの」と考えている社長はたくさんいます。

 

そして、有限な経営資源を活用するという観点からは、「人材の成長を図る社長は、経営手腕が高いできる社長だ」という評価を得ているはずです。

 

2 人は育たない

残念ながら、大前提として認めなければならない厳しい現実があります。

 

人は育たない。

 

誤解がなきように申し上げておくと、自分の失敗例を勝手に拡大解釈して一般論にしているわけではありません。

 

その後、窮地に陥った会社から業績好調の会社まで見てきましたが、人材を育てることについて、本当の意味で目を見張る成果を出している企業にお目にかかったことはありません。

 

人が成長するということは、「変化する」ということです。つまり、考え方が変わるだけではなく、その人が実際に採用する戦略や具体的な行動が変わることを意味します。

 

会社で仕事をすることは、ゴルフで言えばコースでラウンドするようなものです。

 

プロゴルファーが実際のトーナメントで活躍できるのは、毎日きちんと練習しているからです。

 

ゴルフのルールすら知らない人が、毎日試合に出たとしても、驚くほどゴルフが上達することはないでしょう。

 

それと同じで、毎日会社で仕事をしているだけでは、人は成長しません。

 

新入社員がビジネスマナーを身に付けたとか、新人課長がその職務をこなせるようになったとしても、それは仕事に「慣れた」だけであって、その人材が「成長した」とは言いません。

 

なにかをきっかけに、自分を変えることに真剣に取り組んだとき、初めて人は成長します。

 

このことがわかっていない社長は、よい研修を受けさせれば、人は成長すると思っています。でも、それは誤解です。

 

どんなによい研修を選んでも、どんなに熱心に指導を行っても、それを自分にとっての変化のきっかけにできなければ、その人は成長しません。

 

「少しでも変わるきっかけになってくれたら」と、淡い期待を抱く気持ちはわからなくもありません。

 

かつての私もそうでしたが、その期待は見事に裏切られ続けてきたはずです。

 

なぜなら、育たない人材は、誰がどんなに教育を施したところで、絶対に育たないからです。

 

オリックス時代にイチローを育てたのは仰木監督だとか、ヤクルトの古田捕手を育てたのは野村監督だとか言われていますが、あれはもともと素材がよかったから育ったのです。

 

人材も料理と同じで素材がいちばん大事なのです。

 

どんなに腕の良い板前でも、まずい魚をネタにうまい寿司など握りようがありません。だから、彼らは、いい食材を求めて朝早くから築地に出かけるのです。

 

人材は「育てる」のでななく「育つ」もの。だから、育つかどうかは採用した段階で100%決まっています。

 

思考の柔軟性、リーダーシップ、仕事への意欲の高さなどは、入社後の教育では上げようがないからです。

 

ところが、どういうわけか日本の経営者は「人材は育てるもの」という愛情論や「努力すれば誰でも成長する」という根性論を真面目に語りだします。

 

さらにタチが悪いことに、研修会社の営業担当者や社労士や何とかコンサルタントといった人びとが、「社長、御社の社員さんが成長する仕組みをつくりましょう!」などという提案をしてきます。

 

誰もが伸びる研修など存在しないことや、社員が仕組みで成長するわけはないことを、提案している当の本人が一番知っているはずです。(本気で提案しているとすると、さらに問題ですが・・・)

 

もし本当に宣伝文句ほど効果があるなら、それを売り込むより自社の社員を鍛えて、別の商売でもっと大儲けしているはずでしょう。

 

3 社長の人材観が決める社員のレベル

冒頭で社長の「人材観」について述べました。

 

「企業は人なり」と口にしながらも、根本的には「雇っている社長の方が、雇われている社員よりエライ」という人材観を持ってはいないでしょうか。

 

「社長は会社で唯一無二の存在だし、だいたい借入金の連帯保証人になるなどリスクもとっているんだから、社長の方がエライのは当たり前だ」と、ほとんどの経営者は思っているはずです。

 

でも心底から「企業は人なり」と言うのなら、まず社員より社長の方がエライという考え方を捨てることから始めなくてはなりません。

 

「人が成長する」とは、「考え方が変わるだけではなく、その人が実際に採用する戦略や具体的な行動が変わることを意味する」ことなので、経営者が生き残りをかけて成長するためには、価値観の一つである人材観を変える必要があるのです。

 

いまだに社員に対して「雇ってやっている」と公言してはばからない驚くべき経営者がたまにいますが、そこまでいかなくても「会社が給料を払ってやっている」とか「会社あっての社員」と考えている社長は、口に出さないまでも相当数いるはずです。

 

採用面接のときに、面接官の態度が横柄だったという話を耳にすることがありますが、「こちらが選んで雇ってやるんだ」という意識の表れにほかなりません。

 

どんな企業も、現在の企業力で選べる人材だけを採用していたのでは、会社を伸ばすことはできません。

 

しかも、人は育たない以上、企業を選ぶ立場にある優れた人材に「入社していただいて」はじめて会社は伸びるのです。

 

だから企業は、規模は小さくてもこんなこだわりを持っている会社だとか、こんな未来シナリオを描いているということを積極的にアピールしていかなければなりません。

 

さらに細かいことまで言うと、会社の立地とかオフィスの家具とかインテリアにも投資をすべきです。

 

利益をあげるためには、できるだけ無駄を省くという発想なのでしょうが、中小企業では社員の仕事環境にお金をかけない社長がおおいのです。

 

誰でも自分の家や部屋には気に入った家具を置いたり、なるべく快適な生活を送るための投資を惜しみません。

 

オフィスも一日の半分近くを過ごす場所なのだから、環境をより快適にしようという意識が必要です。

 

こういう話をすると、「まったくその通り。社員に投資をしたいと思っているけど、先立つものがなくてね」と、おおくの経営者は語ります。

 

でも、そんなことを言う社長の多くが、自分の車や社長室には金をかけているので困ったものです。

 

そもそも社長にとっては、自分の仕事であり会社なのだから、それだけで普通の社員よりモチベーションは高いはずです。

 

だから、社長のモチベーションを上げるために投資など意味がありません。

 

もし、社長自身がいい車を乗り回したり、毎晩飲み歩くことでモチベーションを維持しているならば、社員の問題以前に、自分がこの会社で社長を務めていることが妥当なのかどうかを真剣に考える方が先でしょう。

 

社長のモチベーションアップに回していた金をそのままそっくり社員の執務環境の向上に回すことで、社員が以前よりも高い意欲で仕事に臨み、よい新人が入社することになり、結果として業績が伸びるとしたら、これほど効果的な投資はありません。

 

もし社長の車や部屋がとても立派で快適なのに、社員の働く環境が悪ければ、「社員のために、そこまでする必要はない」という社長の人材観を現していることになります。

 

そんな人材観しか持っていない社長のもとに、よい人材は決して集まることはありません。

 

4 人材は「集める」ではなく「集まる」を目指す

2015年関西学生ボクシングリーグでは、創部わずか3年で1部に昇格したばかりの芦屋大が、全勝で優勝をするという快挙を果たしました。

 

なぜ芦屋大のボクシング部は、短期間で圧倒的な力をつけて全勝優勝を飾れたのでしょうか。

 

その要因のひとつは、よい選手が集まったからです。

 

でも、いったいどのような方法で、芦屋大に優秀な選手が集まってきたのか?

 

ひとつは、芦屋大が創部と同時に、素晴らしいトレーニングジムをつくったことがあげられます。

 

さらに、ボクシング部は大学だけにあるのではなく「芦屋学園ボクシングクラブ」として中高大と10年間の一貫指導をすることで、選手が「一緒に練習しながら勉強できる」環境を整えたことがあげられます。

 

だが、有力選手が関東の大学へ進学する傾向が強いなかで、芦屋大に優秀な選手を惹きつけた最大の要因は、優れた指導者を招聘したことにあります。

 

監督には元WBAバンタム級チャンピオンの六車卓也芦屋大学特任教授が、ヘッドコーチには、ロンドンオリンピックでボクシング日本代表コーチを務めた樋山茂氏が特任教授として就任しました。

 

実際、兵庫・相生学院高時代に高校3冠を達成した山内祐季選手(2年)は「海外選手の技術を知っている方の指導が受けられる」と、進学の決め手を語っています。

 

よい選手とよい指導者とよい環境、この3つが揃えば、勝つことはできます。

 

だから、名伯楽を引っ張ってきて、ものすごい施設をつくったところ、西日本全域からよい選手が集まり、関西学生ボクシングリーグで全勝優勝することができたのです。

 

結果から見れば、芦屋大の採った戦略は当たり前のことのように思えるかもしれません。

 

しかし、実際にはなかなか実行することが難しい優れた戦略です。

 

ボクシングに限らず普通の大学の運動部は、まず選手を集めることから始めます。

 

いい選手が集まって初めて、よい監督を連れてこようとか、練習環境を改善しようとか考えるのです。

 

この例は、企業にもそのまま当てはまります。

 

普通の企業は、人材が「集まってくる方法」を考えるのではなく、よい人材を「集める方法」を考えてしまいます。

 

だが、人は集めようとしても、なかなか集まるものではありません。

 

だから、士業やコンサルタントの先生方のおおくは、したり顔で経営者にこう主張するのです。

 

「中小企業では、よい人材を採用することにこだわるのは現実的ではない」

「入社してきた普通の人材を研修で鍛え上げればよい」
「人材の良し悪しに左右されない仕組みづくりをすればよい」

 

専門家を名乗りながら視点の転換をせずに、人材を「集める方法」に焦点を当てているから、こういうものの考え方になるのです。

 

芦屋大のボクシング部のように、人が魅力を感じるものを最初に用意しておけば、しゃかりきになって募集活動をしなくても、人は勝手に自分から集まってくるのです。

 

『人材は「集める」ではなく「集まる」を目指す』とは、そういう意味です。

 

だから経営者が考えなくてはならないのは、よい人材を集める方法ではなく、よい人材が集まる企業づくりです。

 

よい人材が「この会社で働きたい」と思うような魅力を、明確につくりだせるかどうかが、これからの時代の企業の明暗を分けることになります。

 

こう言うと、「なんだ、やっぱり金がある大手の方が有利じゃないか。うちのような小さな会社は、そんな魅力づくりは難しい」と思われるかもしれませんが、それは違います。

 

企業の持つ「人が集まる」力は、業種や知名度といった短期に変えることできない固定的な要素と、採用のノウハウや給料のように変えやすい流動的な要素、そして、社長の人材観、企業文化、社内環境など、変えることは難しいけれど、その気になれば変えられる準流動的な要素に分けて考える必要があります。

 

固定的な要素では、大手に敵わないでしょう。

 

流動的な要素は変えやすいのですが、給料を吊り上げて、採用のノウハウを金で買えばいい人材を集めることができると考えるのは浅慮というものです。

 

規模の大小に関わらず、最も重要なことは、準流動的な要素のブラッシュアップにいかに取り組むかにかかっているのです。

 

社長が先ず人材観を変えれば、企業文化も社内環境も変えることはできます。でも逆に、社長に人材観を変える意思がなければ、何も変えることはできないでしょう。

 

畑を耕さず、種もまかずに収穫を望む農民はいません。

 

優秀な人材を欲しながら先行投資をしない社長は、豊作を望みながら種すらまこうとしない農民と同じです。

 

そして、「人が集まる」力が上がらないと、いい人材が来なくなり、業績も上がらない。

 

社長自身がどれだけ仕事ができる人であっても、間違った人材観を持った社長の会社は、結局淘汰される運命にあると言っていいと思います。

 

会社の場合、運動部の指導者に相当するのは社長です。

 

社長自らが人材観を高め、会社の魅力を高め、さらには個人的な魅力を高めていくことが、よい人材を採り、会社を繁栄させていくための一番効果的な方法と言えます。

 

動的安定経営においては、企業自体の魅力を高めて、よい人材が「集まる」会社を目指します。

 

そのためには、企業の価値観を明確にすることが第一歩になります。

 

スキルは後から身に付けることができても、その人の価値観を変えることはできないからです。

 

採用時に価値観の異なる人材を紛れ込ませない。

 

そのうえで多様性を確保することが、動的安定経営の人的あるいは組織的な基盤となります。

 

これを機会に、ご自身の人材観について、よく考えてみてはいかがでしょうか。