1 失敗した企業風土改革

かつて二代目社長だった頃、経営を引き継いでから真っ先に取り組んだことは「企業風土改革」でした。

 

設立後40年近く経過した会社には、「事なかれ主義」「結果オーライ主義」「前例主義」・・・などのダメな会社によくありがちな空気が蔓延していたのです。

 

新人社長であった私は、「代替わりをしたからには、過去の悪癖を刷新し、ピカピカな企業へと変革するんだ」という情熱に充ち満ちていました。

 

そのために最初に行うべきことは、土壌改良だと考えたわけです。

 

農業において、どんなに優れた農耕機械を購入しても、どんなに最新の農法を導入しても、どんなに貴重なタネを手に入れても、おおもとになる「土壌」が痩せていたら良い作物は育ちません。

 

同じように、企業を成長させていくにあたって、いの一番に必要なことが「土壌改良」だと考える発想には相応の合理性があると、当時の私は信じていました。

 

しかし、ディシジョン・メーカー・テクノロジー、ビジョンマッピング、OJC(オン・ザ・ジョブ・コーチング)などの各種メソッドを取り入れて進めた企業風土改革活動は、期待したような成果をあげるこができませんでした。

 

いま振り返って考えてみるとわかります。この企業風土改革活動が失敗した原因は、不運に見舞われたためではなく、そもそも無理筋な取り組みだったのです。

 

2 企業風土と企業文化の違い

私が改革に取り組んだ対象は「企業風土」ですが、これによく似た「企業文化」という言葉があります。

 

企業において「風土」と「文化」の違いをきちんと把握することが、それらを育むための第一歩になります。

 

企業風土とは

個々人が仕事を進めていくにあたって職場に存在する環境のことです。

 

具体例をあげると、組織の風通しが良いとか悪いとか、雰囲気が明るいとか暗いとか、姿勢が前向きとか後ろ向きとかです。

 

重要なことは、特定の企業風土が存在するかどうかは、社員ひとりひとりから見て判断されるものだということです。

 

社長が「うちの会社は上下関係にとらわれなく風通しのよいコミュニケーションができる」と公言してても、社員は「いつも社長の顔色をうかがいながら発言に注意する必要がある」と内心で思っていることがあります。

 

この場合は、組織におけるヒエラルキーが機能ではなく権威になっているという企業風土があることになります。

 

そして、とくに権威的なヒエラルキーが存在する企業組織では、経営陣や管理職に就いている人が感じている企業風土よりも、平社員や非正規社員が感じている企業風土に真実が隠されていることがおおいのです。

 

企業文化とは

その会社がもつ価値観です。

 

企業の価値観とは、継続的に業績をあげていく源になるものです。

 

中小企業の場合、企業の価値観のほぼすべてを経営者がつくりだしています。

 

「たしかに、社長であるわたしが、経営理念を書き上げました」と合点する方もいるでしょうが、経営者の価値観は経営理念やビジョンによって現されているだけではありません。

 

むしろ言葉にならない「行間」にこそ、真意が隠されているのです。

 

たとえば社長室を見れば、その社長の本音が見事に表現されています。

 

会社の大きさと社長室の広さのバランスや、事務室と社長室の調度品の違い、ゴルフのバターなど趣味のモノが持ち込まれているかどうか・・・

 

社長室の位置、広さ、インテリア、それらのものには、社長がその部屋をつくった目的が必ず反映されています。

 

  • 銀行や税務署対策のためわざと質素なつくりにしている部屋
  • 社員を呼んで話をするために、威圧感を持たせている部屋
  • 友達や女性を呼んで自慢するためのゴージャスな部屋
  • 自分の趣味を満喫するための部屋

 

どんな高邁な経営理念を並び立ても、社長室一つ見ただけで、経営者の価値観は明確に現れているのです。

 

社長の所業はともかくとしても、ソニーの前身にあたる東京通信工業の「設立趣意書」を読むと、絵に描いた餅で終わらない企業の価値観がどういうものであるかがよくわかります。

参考リンク▼
設立趣意書

 

一部を抜粋します。

<会社設立の目的の一項>

一、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設。

<経営方針の一項>

一、 従業員は厳選されたる、かなり小員数をもって構成し、形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限に発揮せしむ。

この設立趣意書を読むと、現在のソニーからは設立当初に大事にしていた価値観が失われていることがわかります。

ソニーの業績が長期間低迷している原因は、価値観としての企業文化が変化したことと無縁ではないはずです。

 

3 先ず必要なのは企業文化

このように分けて考えると、企業風土は社員の働きやすさや会社へのロイヤリティに影響を与えることができますが、企業の存在意義を確立して業績を上げるための直接的な鍵にはなりません。

 

一方、企業文化は判断の基準や仕事の進め方に直接影響を与えるものであり、どんなに風土が良くても、文化をつくりあげなければ業績を上げることにはつながらないのです。

 

風通しがよく、家族的で和気あいあいとしていて、社員のやる気が高いのに業績が伴わないという企業があるとすれば、それは企業風土づくりには成功していても、企業文化づくりへの意識が低いということになります。

 

企業が趣味を同じくする人が集まる同好会などではなく、あくまでも社会に価値を提供して利潤を上げるために人が集まっているところと考えると、まずは意志を持って「企業文化」をつくり上げ、その後文化を強化する意味合いで企業風土づくりに取り組むことが順番として正しいということを知らなければなりません。

 

そして、意味のある文化を持つ企業には、おのずと優れた風土が育まれていくもので、文化と風土は時系列に縛られるものの、決して別のものではないのです。

 

さて、私の二代目社長時代の企業風土改革活動の話にもどります。

 

聡明なる読者の方はもうお気付きかと思いますが、風土改革活動が効を奏さなかった原因は、企業文化づくりとの順逆を取り違えたことです。

 

当時、会社には明文化された経営理念は存在しませんでした。

 

社長を引き継ぐ前、先代の社長である父親に「わが社の経営理念とは何なのか?」を質問したことがありました。

 

先代の答は「経営理念というものは哲学のようなもので、私の頭の中には確かにある。しかし、そう簡単に言葉にできるようなものではない」でした。

 

要するに、経営理念などなかったのです。でも、そんなものがなくても会社経営をしていける幸せな時代が、戦後の高度経済成長期に存在していたのです。

 

企業風土改革活動を進める中で、遅ればせながら経営理念を確立する必要性を痛感したために、プロジェクト・チームを起ち上げて作成に取り組みました。

 

当時の資料を引っ張り出して、久しぶりにその経営理念を読んでみました。

 

押し留めても溢れ出てくる情熱を言葉にしたわけではなく、経営理念くらい明文化されていないと話が始まらないという必要性に迫られてつくられた言葉は、人の心を動かして巻き込んでいくパワーを持たない空々しさを感じさせます。

 

4 100人を超えたらつくることができない企業文化

企業文化が風土に先んじるものであり、しかも企業の利益の源泉になる重要なものであることはわかったと思います。

 

でも企業文化は、ないからつくればいいと言うものではなく、そもそも事業における絶対に譲れないこだわりとか、この会社が存在する意義という根源的な魂の叫びのごときものがあることが大前提です。

 

ところが、起業のときから大きな理想を持っている人ばかりではありません。金儲けがしたい、会社が倒産したから独立起業するしかなかった、という現実的な理由の方がおおいはずです。

 

でも、最初から高邁なビジョンを語ることに酔っている経営者より、現実に根差した理由から起業する経営者の方が、地に足が着いているという意味で望ましいと思っています。

 

重要なことは、経営をしながら、仕事を通して大切にしたい価値観を明確にして、企業文化をつくりあげていくという意識を持つことです。

 

そして最も重要なことは、企業文化づくりにはタイムリミットがある、ということです。

 

社員数が100人を超えるようになってから企業文化をつくり、組織全体に定着させることはできないのです。

 

100人に届かない人数であっても、拠点が分散して、しかも地理的に遠く離れている場合には、たとえ50人でも企業文化づくりをしていくことは困難になります。

 

中小企業の社長の中には、企業文化は大企業にこそふさわしいものであり、数十人程度の会社で企業文化を云々するのはおかしいと思っている方もいます。

 

しかし、おおくの会社を観察しているうちに気づいたことがあります。

 

大企業の企業文化は、その昔社員が100人以下のときにつくられたものなのです。

 

大企業だから企業文化が確立されているのではなく、企業文化が確立されていたから大企業になれたのです。

 

社員数が多くなればなるほど、企業文化は周囲に明確に伝わっていきます。

 

たとえば、1000人の社員が全員で「細部にこだわる品質管理」や「顧客を第一としたホスピタリティ」などを実践したとしたら、そのエネルギーは相当大きなものになるでしょう。

 

それは明確なメッセージとなって、誰もが認める企業文化として定着するはずです。

 

でも、昨日まで「品質」や「ホスピタリティ」にまったく無頓着だった1000人に、どのような指導をしたところで、もはやその企業に根付いたクセを変えることはできません。

 

適切な企業文化を育めば、社員が1万人になっても維持することはできても、1万人で企業文化をつくり出すことはできないということです。

 

などと言うと、昔の私同様に二代目とか三代目で会社を引き継いだ方にとっては、身も蓋も無い話になってしまいます。

 

歴史が長い企業において、あらためて企業文化をつくり出す、あるいはつくり直す方法は、もちろんあります。

 

ただし、いくつか条件があり、短期的な時間軸で実現することは難しく、最低でも数年のスパンで構想し実行することが必要になります。

 

動的安定経営とは、すでにある企業文化を強化する、あるいは新たに醸成し維持するための基盤をつくることも目的としています。

 

  • 自社に企業文化と呼べるものはあるのか?
  • あるとすると何なのか?
  • その文化は定着しているのか?
  • 今後もその文化を継承していくべきか?
  • もし明確な企業文化がないなら、どのように企業文化づくりをしたらよいか?

 

これを機会に、よく考えてみることをお勧めします。