1 この数列はどんな法則で並べられているか

以下の3つの数字によってできている数列が、どんな法則によって並べられた数字か考えてみてください。

 

2  4  6

おそらく、ほとんどの人がある同じ法則を思いついたはずです。それが何かは一度脇に置きます。

 

つぎに、考えついた法則にもとづいて、3つの数字からなる数列を自分でつくってみてください。

 

たとえば、[10 12 14]をつくってみたとします。

 

オメデトウ! この数列は、[2 4 6]の数列に設定された法則にしたがっています。

 

ではもう一度、別の3つの数字からなる数列をつくってみてください。

 

こんどは、ちょっと数字を大きくして、[112 114 116]としてみます。

 

コングラチュレーション! この数列は[2 4 6]の数列に設定された法則にしたがっています。

 

最後にもうひと組、別の3つの数字からなる数列をつくってみてください。

 

さらに数字を大きくして、[1348 1350 1352]としてみます。

 

アメージング! この数列も[2 4 6]の数列に設定された法則にしたがっています。

 

では、その法則とはなんでしょうか?

 

連続する昇順の偶数

 

残念! その法則ではありません。

 

これは、心理学者P・C・ウェイソンが行ったその道では有名な実験です。

 

この実験で、正解にたどり着いた被験者は、ほとんどいませんでした。

 

おおくの人がたどった思考検証プロセスとは、こんな感じだったはずです。

 

 

[2 4 6]という数列を見た9割以上の被験者は、「連続する昇順の偶数」という仮説を立てた。

 

その仮説を確かめるために、1回目の数列[10 12 14]をつくって、判定を求めたらOKだった。

 

これは「連続する昇順の偶数」という仮説が当たっている可能性が高まったと考えた。

 

そこで、2回目も[112 114 116]という数列をつくり、判定を求めたらOKだった。

 

いよいよ[連続する昇順の偶数]という仮説の正しさが確信に変わってきた。

 

だから、最後の3回目もダメを押す意味で[1348 1350 1352]という数列をつくり、判定を求めたらOKだった。

 

これで仮説の正しさは証明されたと疑わず、「その法則とは、連続する昇順の偶数です」と答えた。

 

実のところ正解は「昇順にならんでいる数字」、たったそれだけでした。

 

判定用の数列の提示回数が3回では少ないという可能性があったので、何回でもよいという条件緩和をして実験をしても、正解者は10%に満たなかったという結果が出ています。

 

2 意志決定の質を高めるためには反証主義が必須である

先の数列の法則に気づくためには、「連続する昇順の偶数」という仮説を持ったとしても、数列判定の機会に、あえて仮説とは異なる数列を提示するという試みなしでは不可能なのです。

 

たとえば、偶数にこだわらない昇順の数列[54 56 61]を示してOKをもらうとか、降順の数列[5679 5432 2231]を示してNGをもらうとか。

 

つまり、あえて失敗を犯す以外に、正解を導く方法がないのです。

 

このように人間は、なんらかの法則を頭に思い浮かべると、自分の仮説に合わない事例ではなく、合う事例ばかり作り、自説を執拗に確認するという傾向を持っています。

 

でも、この傾向はクイズの世界だけに留まる話ではありません。

 

経営における意志決定において、最初に戦略や仮説を立てると、それを裏づける事実をたくさん集めて正当性を証明したと考えて、安心していることが圧倒的におおいのです。

 

それは、自分の話や世界観を裏づける例をすぐに探すクセとも言うべき悪習です。

 

たとえば、これからの時代は「BtoBよりBtoCである」とか「安売せずに高価格政策をとる」とか「時代に乗り遅れないためにEC(エレクトリック・コマース)に進出する」とか、それ自体良くも悪くもない仮説なり戦略があります。

 

自社でこれらの方針を採択することを決定するときに、裏づけとなる事実やデータをたくさん集めてきますがが、BtoCの失敗例とか高価格政策の落とし穴とかECの問題点とかを同時に探して検証する、というプロセスは、驚くほど軽んじられているはずです。

 

これも人間の認知上のバイアスのひとつですが、「人は、全体から個を推論することには不熱心だが、反対に個から全体を推論することには熱心である」という事実があります。

 

言い替えると、驚くような統計的数値(企業の生存率:設立10年=40% 設立30年=0.02%)を示しても、人は何も学びません。自分の会社には関係がないことだと、ほとんどの社長が思っています。

 

しかし、驚くべき個別の事例(倒産間際からの奇跡の復活劇)には反応し、ただちに一般化して、成功の秘訣だと考えます。

 

そんな屁理屈をこねるな!という返す刀があるかもしれませんが、少なくとも当選確率が0.0000001%の宝くじを買っている方は、反論できないはずです。

 

話を戻すと、あえて反例を探し、それを積み重ねることで、はじめて我々は真理に近づけるのです。裏づけをどんなに探しても意味がありません。

 

だから、仮説や戦略の検証の裏づけ集めだけで満足している経営者には、「想定外」「青天の霹靂」という事態が遅かれ早かれ訪れます。

 

 

私の50年になんなんとする海上生活について述べるならば、 全く平穏無事な生活であったと言えよう。

 

話に値するようなどんな種類の事故に巻き込ま れたこともないし、遭難に会ったことも、勿論遭難したこともない。

 

また、どんな種類で あれ、海難が起こるような困難な状態になったこともなかった。

 

-- タイタニック号船長 エリオット・ジェームス・スミス

 

タイタニック号の出航前に新聞社とのインタビューで、自信満々に安全航行実績を語るスミス船長ですが、実は反例はたくさん存在していました。

 

<ジャ-マニック号船長時代> ニュ-ヨ-ク港で桟橋係留中、甲板上に氷結した氷の重みで本船を転覆

 

<オリンピック号(タイタニック号同型船)初代船長時代> ニューヨークで着岸する際、自分の船のプロペラにタグボートを巻き込んで大破/イギリスのサウザンプトンを出港時、ワイト島付近の狭い水道で巡洋艦と衝突、右舷後部に大きな損傷/大西洋の真ん中でプロペラを脱落

 

タイタニック号が安全に処女航海するに違いないという仮説に対して、船自体が不沈船と呼ばれる安全設計だったこと、自分自身が名船長であるというアイデンティティによって十分に裏づけは取れたと信じ、タイタニック号が沈没する可能性についての意味ある反証探しはされていなかったと推察します。あるいは、意図的に無視されたと。

 

動的安定経営とは、不確定性の存在を認め、それを前提とした経営ですが、不確定性に対してパッシブ(受動的)な耐性を高めるだけに留まりません。

 

不確定性を無くすことは不可能ですが、少なくとも人間の思考や認知のバイアス(偏り)を可能なかぎり排除して、不確定性を潜在化させず顕在化させるというアクティブ(能動的)な意志決定システムをつくりあげることを必須としています。