1 適正価格をどう決めたらいいのか

先週のコラム(第25話:黒字になったらつぎにどうするの?)の中で、大企業ではない企業が利益増加を行うためには、「高価格戦略、すなわち高付加価値戦略以外に採用できる手段はない」と書いた。

 

すると、ある経営者の方からこんな質問を受けた。

 

「高い価格を付ける場合、適正価格をどのように算出したらいいのですか?」

 

価格付けの具体的な話に先週のコラムでは一切触れていなかったので、なるほど、もっともな疑問だ。

 

本来、価格決定は経営の意思を表現するための最も有効な手段だ。しかし現実的には、何のポリシーもなく価格設定を行っている企業が業種を問わず多い。

 

その最大の理由は、経営者になるにあたり、ほとんどの人が価格決定についてきちんと学んだことがなく、ただ「なんとなく」価格決めをしているからだ。

 

だからこそ、価格決定における理念を聞けば、経営者としてのレベルが分かりやすいと思う。

 

2 具体的な価格決定の方法

価格の決め方については、既に確立された方法論が存在している。

 

例えば、以下のような設定方法がある。

 

1 企業サイドの原価をもとに決定する方法

  • コストプラス価格設定方式
  • マークアップ価格設定方式

2 消費者サイドの支払意思をもとに決定する方法

  • 知覚価値価格設定方式
  • 需要差別価格設定方式

 

歴史的な流れから見ると、当初は企業サイドの都合で決められていた価格が、消費者サイドの購買意思を横にらみしながら価格が決められるようになった。

 

特に、フィリップ・コトラーが「顧客価値」という考え方を提唱してから、その傾向に一層拍車がかかった。

 

コトラーによると、企業が顧客に提供する価値とは、企業の独りよがりの製品価値ではなく、顧客が認める、あるいは受け入れる価値である必要がある。

 

そして、その顧客価値とは、「顧客が得るすべてのベネフィット(総顧客ベネフィット)」と「その入手・使用にかかるコスト(総顧客コスト)」の差と捉えられている。

 

<総顧客ベネフィット>

  • 製品ベネフィット(製品そのものの価値:機能・信頼性・希少性など)
  • サービスベネフィット(製品に付随したサービスの価値:保守・メンテナンスなど)
  • 従業員ベネフィット(従業員の応対やパーソナリティによる価値:対応態度など)
  • イメージベネフィット(企業イメージ・ブランドイメージなどによる価値)

<総顧客コスト>

  • 金銭的コスト(製品価格・維持費・配送費など)
  • 時間的コスト(納品までの時間、交渉に要する時間、使用法の理解に要する時間)
  • 労力コスト(商品探索や購入時の手続き、店舗から自宅に持ち帰る労力)
  • 心理的コスト(初回購入時の不安・購入時のストレスなど)

 

つまり、価格は次の等式で表される。

 

価格 ≦ 総顧客ベネフィット ー 総顧客コスト

 

3 適正価格にこだわることの限界

前項2で、既に知られているいくつかの価格設定方法の名称とコトラー流の価格の考え方について触れたが、どの概念も方法論もきちんと理解すれば、ただ「なんとなく」価格を決める状況からの卒業には役立つだろう。

 

だが既知の理論の説明をここで行う意味はないので、興味のある方は別途学んでみるといい。

 

むしろ、ここで強調したおきたいことは、全ての価格決定方法が持っている一つの限界についてだ。

 

それは、「適正価格」という考え方にある。

 

冒頭、ある経営者の方の質問を紹介したが、その言葉の中にも「適正価格」というワードが含まれていた。

 

すべての価格決定に関する考え方や方法論は、「適正価格」があることを無言の前提において、それを割り出すために編み出されている。

 

確かに、経済学の基本原則に「等価交換」が鎮座している以上、消費者が支払う対価に見合う商品・サービスを意識することは、商売人としての最低限のモラルだろう。

 

しかし同時に、適正価格の追求というくびきを逃れない限り、高価格・高付加価値戦略を採用した事業展開の可能性を最大化することはできない。

 

生活必需品については、適正価格を追求せざるを得ないだろうが、高価格・高付加価値な商品・サービスについては価格自体の意味をあらためて考え直す必要がある。

 

ただし、高価格とは一歩間違えば、単なるぼったくりと紙一重とも言えるので、慎重に考えなければならない。

 

4 人はなぜラグジュアリー・ブランドの商品を買うのか

 

東京銀座には、欧州のラグジュアリー・ブランドの直営ショップがたくさんある。

 

休日ともなれば多くの日本人とそれを上回る外国人がブランド・ショップを訪れる。多くの人がブランド品を欲しがるのは、今も昔も国が違っても変わらないようだ。

 

人はなぜ高価なラグジュアリー・ブランドの品々を買い求めるのだろうか?

 

コトラーの理論によれば、イメージベネフィット(企業イメージ・ブランドイメージなどによる価値)を評価しているという答えになるのだろうが、もう一ひねりする必要があると思う。

 

そのために、人間のコミュニケーションについてのつぎの話を入口にしたい。 

 

 

我々は毎日誰かと言葉を交わしているが、言葉の交換に種類があることが意識しているだろうか。

 

言葉の交換には、大きく分けてつぎの3つがある。

 

会話 - 親しい仲間でのおしゃべり
議論 - 相手を言い負かすことを目的としたもの
対話 - 異なる価値観を持つものが妥協点を見つけるためにするもの

 

最近の世の中を見渡してみると、3種類のコミュニケーションのうち、たわいもない「会話」と青筋立てた「議論」は盛んに行われているが、「対話」が少ないと思う。「対話」自体を苦手にしている人が増えたのだろうか。

 

コミュニケーションとしての「対話」は、要するに何かと何かを交換することだ。そして、ここが面白いところだが、もっと交換をしたいという気持ちが高まるのは、そこで交換するのの意味や価値がよく分からない時なのだ。

 

だから、対話の中で発せられる「よく分からない」という言葉は「あなたのことをもっと知りたい」という興味を意味する。

 

「よく分からない」と言われた側は、「それでは、この話はどうだろう・・・」と別の話を始めることで、その後のコミュニケーションが弾むことになる。

 

反対に「よく分かった」という言葉は、コミュニケーションの終わりを意味するのだ。

 

なぜなら、「よく分かった」が持つ裏の意味は「もう十分に話を聞いたから、黙ってくれ」であり、そこには興味や好奇心が失われた状態がある。

 

興味や好奇心が失われたコミュニケーションの相手には、あまり価値がない。

 

これは、コミュニケーションにおける考え方の話だが、実は多くの人がラグジュアリー・ブランド品を欲しがる理由も同じではないかと考えている。

 

夏場はTシャツにお世話になっている人は多いはずだが、手持ちのTシャツの中で一番高いものの値段はいくらだろうか。

 

せいぜい3千円未満という人が多いと推察するが、スポーツ選手や芸能人に人気があるルシアン・ペラフィネ(lucien pellat-finet)のTシャツは、10万円~20万円の価格で売られている。

 

ルシアン・ペラフィネのTシャツの素材を見ると、金糸が使われているわけではなく綿100%となっている。もちろん吸湿速乾性という機能とか、ましてやモテ保証などは付いていない。

 

機能的には5百円のユニクロのTシャツでも十分に役立つのに、なぜ10万円以上もするTシャツが人気なのだろうか。

 

ちなみに、世の中で一番高いTシャツはエルメスのTシャツだ。このTシャツの素材はクロコダイル革で、プライスは91,500ドル(約1100万円)となっている。

 

ルシアン・ペラフィネのTシャツの10万円ですら驚きだが、なぜエルメスのTシャツは1100万円という価格が付けられているのだろうか。

 

その理由として、希少なクロコダイル革が使われていたり、世界で指折りの職人が手作業で時間をかけて製作しているからだというありきたりの説明はできるだろうが、本当は1100万円という価格の内訳を我々は知らない。

 

むしろ1100万円という価格の内訳が精緻に示されてしまい、かつその内容が合理的に承認しうるものであったら、おそらく我々は1100万円のクロコダイル革のTシャツを買わないだろう。

 

「よく分からない」からこそ、人はそこに想像力を逞しくすることで無限の可能性を感じることが出来るのであり、無限の可能性それ自体に価値があるのではないか。

 

5 なぜ高いか分からないから価値がある

なぜなら、1100万円の価格が妥当だと十二分に納得したクロコダイル革のTシャツは「ちっとも高くない」からだ。

 

価格の内訳が分からないのに、1100万円のクロコのTシャツを身に付けるからこそ、「違いの分かる人」「センスがいい人」という無形の称号を周りの人々から得ることが出来るのである。

 

それが、1100万円の価格の内訳が世間に公表され、それが万人に納得出来るものであるならば、1100万円のクロコのTシャツに袖を通す人は、単に「金を持っている」という事実を見せびらかしたいだけの人と思われてしまう。

 

クロコ革のTシャツは1100万円という絶対値が大きい価格だが、なにも金額が大きいことが高価格・高付加価値というわけではない。

 

1万円でも1千円でも、同様に「なぜだか分からないから価値がある」という状況をつくることは不可能ではない。

 

もちろん、商品やサービスを提供する側としては、価格に根拠がある必要はある。そして、その価格に見合った価値についての説明責任も負っているだろう。

 

しかし、適正価格にとらわれて、顧客目線で100%納得をしてもらえる価格に留まるところから一歩踏み出すことが必要だ。

 

自己の目線で顧客価値があると信じれば、その価格を採用することを考えてもらいたい。

 

最後に、言い忘れてはいけない重要なことがある。

 

価格決定以前に、自信をもって送り出せる商品やサービスをが手元にあることが最も大切なことである。そうでなければ、単なるぼったくり商売になってしまう。

 

そして、優れた商品やサービスを持ち、あるいはこれから生み出し、高価格・高付加価値戦略で事業を展開するときに、動的安定経営化した企業体質が役立つことは間違いない。