1 三船美佳と高橋ジョージ夫妻の離婚と『エースをねらえ!』

芸能界ウォッチャーでも何でもないが、最近たまたま目にとまった芸能界のニュースに、三船美佳と高橋ジョージ夫妻の離婚があった。

 

離婚の真相は明らかになっていないが、観測記事からその原因を探ってみるとこうなる。

 

男は女の成長を願わず、自らも成長せずにいたが、女は成長を果たした結果、男と夫婦でいる意義が失せたために離婚を望んだ。

 

三船美佳と高橋ジョージ夫妻に限らず、男女の関係においては、このような認識の相違が生み出す悲哀が珍しくない。

 

そこで思い出すのが、往年の名作漫画『エースをねらえ!』だ。 その第7話で、藤堂への想いに揺れ動く岡ひろみに対して、宗方コーチはこう言った。

 

「女に価値があれば男は待つ・・・男を待たせるだけの女になれ!」

 

 

この言葉だけでも相当しびれるが宗方コーチは第7話に先立つ第5話で、藤堂に対してつぎのように言っている

 

「同じ相手に打ち込む者として言う。男なら、女の成長を妨げるような愛し方はするな!」

 

 

宗方コーチのこれらの言葉から何をくみ取るかというと「男に支えられない女は弱い」ということだ。

 

こんなことを書くと世のフェミニズムを信奉する女性から総スカンをくらいそうだが、「男に支えられない女は弱い」と聞いて過剰に反応するのは短気に過ぎる。

 

そう思うのは、「支える」と「管理する」の違い、そして「大切にする」と「所有する」の違いが区別出来ていないからだろう

 

男が女を「護る」には、二つの方法がある「女の成長を妨げる」護り方と、「女の成長を待ち望む」護り方だ。

 

女を管理し、所有し支配しようとする男は、女の成長を望まない。

 

彼女の社会的能力が低く、十分な収入も威信も得られない状態に留まり「あなたがいないと、私は何も出来ないの」という言葉を彼女が口にすることを待ち望んでいる。ほとんどの男は、このような護り方しか知らない

 

それとは逆に、「女の成長を待ち望む」男は、彼女の自立を、つまり彼女が「支えなし」でも生きていけるようになる日をその男自身が不要になる日を逆説的に待ち望んでいる。

 

2 経営者とコンサルタントの関係

実は、経営者とコンサルタントの関係も男女の関係に似たところがある。

 

男をコンサルタント、女を経営者に置き換えるとわかりやすい。

 

へっぽこなコンサルタントは経営者を管理し支配しようとするがゆえに、経営者の成長を望まない。

 

社長の経営能力が足りず、自信が持てない状態に留まり、「先生がいないと、私は何も出来ない」という言葉を社長が口にすることを待ち望んでいる。

 

それとは逆に、できたコンサルタントは、経営者の成長を待ち望んでいる。そして、社長が自立して「支えなし」で経営をしていけるようになる日を、当のコンサルタントが不要になる日をゴールと見定めている。

 

しかし、女の成長を望む男にしろ経営者の成長を望むコンサルタントにしろ、どこか思いと行動が矛盾している人間に思えるかもしれないでも、これこそが真に賢い考え方なのだ



なぜなら、「本当に成長する」とは、「他者を不要とするまで自己完結する」ことではなく、「人間の成長には終わりがない」ことつまり「どこまでいっても人間は他者の支えなしには生きられない」ことを学びとることだからだ。

 

そいういう意味で、男女関係で言えば「男に支えられない女は弱い」と言っているのであり、「男」というのは一つのメタファーに過ぎない。

 

したがって、企業経営に置き換えればば、「外部ブレーンに支えられない経営者は弱い」ということになる。

 

3 そもそも「自立」が意味すること

そうなると重要になるのは「自立」という概念の洗い直しだ。

 

「自立」とか「独立」とか簡単に人は言うがそれは単に世帯主として生計を立てるとか、一人で暮らしているということではない。

 

そんなことなら、ちょっと頑張れば誰でもできる自活できることは「自立」の必要条件ではあるけれど十分条件ではない。

 

我々は何かに依存しなければ生きてゆけないこれは事実だ。同時に我々は自己責任おいて決定を下すべきだこれは理念だ。

 

だから、「自立」とは、単純に「自立できている」ということでも単純に「依存している」ということではなく、「自立しつつ依存している」という自己のあり方に対する徹底的に知的な反省のことを指す。

 

つまり、「自立」と言ったって人間一人では生きていけるはずがないわけで、「自立している人」というのは、「自立」しているがゆえに他者から得られる「承認」と「敬意」を支えにして立っているのであり、孤高を保っているのではない

 

だから、自立している人間は、言い替えると「他者から頼られ、まとわり付かれる人」のことを指す

 

しかし、この「自立」を実現することは、案外難しいことだ。

 

というのはもし人が堅牢な地盤の上にがっちりと足を踏ん張って立っているなら、どんどんまとわり付かれていくと、じきにバランスを崩して倒れてしまうからだ。

 

だから本当に「自立している」人間は、「自分を支えとしてまとわり付いてくるもの」を逆に自分の「支え」として立つことが出来なければならない

 

いわば、相手の力を全面的に利用してしまう「柔術の極意」を体得しているような人ということになる

 

逆に「自立できていない」人間は、「どこかに堅牢な地盤があるに違いない」と信じてそれを必死に探しているのだが、そもそも世の中というのは動的な力学バランスをとって存在しているので探し求めている「堅牢な地盤」などあり得ない。

 

4 動的安定経営とは真に「自立」した経営

さて、弊社で提唱する動的安定経営の逆さまは、いままでの経営の主流であった「静的安定経営」である。

 

静的安定経営とは、あり得ない「同じ堅固な基盤」の上にとどまって、「常に変わらぬ愛情」で女を抱きしめるような男に似ている。

 

果たして、静的安定経営は企業の「支え」になるだろうか。

 

その答は、「支えにならない」だ。

 

なぜなら、経営環境は変わるからだ。「支えになる」というのは、「一ヵ所にじっとしている」ことでも、「しっかりした基盤を作る」ことでもない。

 

これからの時代に「支えになる」経営スタイルは動的安定経営に他ならない。

 

動的安定経営とは、市場あるいは顧客との関係の中で絶えず自社のポジションをシフトしていきながら、実は現実に迎合しているだけではないと言い切れる基軸を明確にしている経営を指す。

 

「支え」というものは、男女関係においては、男の社会的威信とか南麻布の豪邸とかロールスロイス・ファントムとかタックスヘブンの預金残高とか、そういう「モノ」ではないのと同様に、売上高や資産総額や従業員数などの規模が企業を支えると思い込んでいる経営者は、自社の成長を妨げることしかできない。

 

「女を支える男」というのは、女との関係の中で絶えず自分のポジションをシフトして、その都度女が一番必要なサポートやサジェスチョンが出来る男のことだろう。

 

例えば、女が太って肉付きが良くなった時には「本当はぷにゅぷにゅした女性が好きなんだ」と言い、女が痩せ始めたら「スレンダーな女性が好き」になり、女が日焼けしたら「健康的な小麦色の肌が好き」になって、美白を始めたら「透けるような肌が魅力的だ」と言うような男がそれなのではないだろうか。

 

つまり、「変化した後の女」を「変化する前の女」よりも常に優先的に配慮する男、それが「支え」になる男ということになる。

 

動的安定経営も同様で、過去に縛られず「変化した後の企業の姿」に「変化する前の企業の姿」よりも常に優先的に価値を置く戦略的思考に、その真髄がある。 最後に問いたい。

 

あなたが女を支える男であるかどうかは脇に置くとして、経営者として動的に安定しているがゆえに真に自立した経営(=動的安定経営)を行っているだろうか?