1 ビジネスモデルは万能ではない

 「第16話:ところでビジネスモデルって何ですか?」という記事で、ちょっと「ビジネスモデル」を持ち上げ過ぎてしまったかもしれない。

 

ものごとは常に陰陽であり、表裏一体の相を持っているので、ビジネスモデルという考え方はいいことばかりではなく、当然リスクもある。

 

第16話でも書いたように1990年代のシリコンバレーの躍進を支えたのは、技術に主導された漠然とした「未来の可能性」だった。「未来の可能性」の中では、ビジネスモデルそれ自体が投資価値を生んだ。

 

経済学においては「収益逓減の法則」を前提としていたが、この時期は、その逆をいく「収益逓増」という錬金術が実現する可能性に多くの人が心をときめかしていた。

 

そのために、成功事例を要素還元(ケースメソッド)し、分析(フレームワーク)し、競争優位の戦略(ポジショニングと差別化)が編み出された。

 

しかし、ヘンリー・ミンツバーグは「戦略サファリ」の中で、あらゆる戦略のパースペクティブ(展望・見通し)を描き出して「考えてから行動する」ということ自体に疑問を投げかけていた。

 

2 ベトナムにおけるマクナマラの失敗

「戦略サファリ」の中で、ハーバード卒のMBAホルダーロバート・マクナマラが、国防長官としてベトナム戦争で採用した軍事戦略の2つのキーワード「分析」「定石」が、「ベトコンとの戦い」でいかに無力であったかという例をあげている。

 

後年、マクナマラ自身もベトナム戦争における自らの失敗を認め、次のような言葉を残した。

 

敵と共感すること、敵と同じように世界を見ることが大切である。 

 

ベトナムの人たちの歴史・政治・文化、そして彼らのリーダー達の個性や気質をまったく考慮しなかったことが、悲劇的なミスだった。

 

 

ベトナム戦争において分析や定石とは無縁のベトコンの行動は、自分がよく知っている思考パラダイム(潮流)から離れて、自分が知らない相手の思考の中への命がけで飛び込むことを抜きにしては、読むことができなかった。

 

このように戦略家は、結局自分の戦略が当てはまる現実しか見ようとしないものだ。戦略が当てはまるのは、相手もまた同じ思考のパラダイムで動いているときだけなのに。

 

3 ビジネスモデルは結果としての物語

ビジネスモデルの考案者もまた、戦略家が陥るワナにはまる。ビジネスモデルという「枠」に入りきらない無数の現実的なファクターを、無視できる変数として、意識的そして無意識的にも排除してしまう。

 

舞台を日本の産業界に移してみても、同様のワナが隠されていた。明治維新以降、日本の産業界は欧米列強に「追いつけ追い越せ」を行動指針として発展を遂げてきた。

 

「追いつけ追い越せ」という立場からは、先行者というゴールが鮮明であり、そのためには効率化が最高の方法論になる。TQC、カンバンシステム、終身雇用・年功序列などはすべてキャッチアップのための方法論だ。

 

しかし、一つの方法論を選択するということは、同時に他のありうる可能性を排除すること意味する。

 

ひとつの成功譚は、それがどんなに特殊条件のもとに成し遂げられたものであろうと「モデル」として定着する。

 

しかし、それはまさしく結果としての物語、つまり回顧録の類であって現在進行形の物語ではない。

 

「Aという方法論を採用したからBという結果になった」場合、「Bという結果は、Aという方法論からしか得られない」と書き下ろした物語が「真」でない限り、Aという方法論を採用しなくてもBという結果は導けたことになり、他の成功要因を見落としていることになる。

 

ほとんどの企業の成功物語というものは、原因と結果という因果関係で整理された一直線の歴史になっている。

 

MBAコースにおいてケース・メソッドが成立するのも、過去の事例が現在でも通用すると信じているからだろう。

 

しかし、ケース分析によって探り当てられた要因は、ありえたかもしれない過去というものを含めて、無数に存在していた成功要因のうちの一つだけを意図的に抽出したに過ぎない。

 

もしも、それと異なる戦略やモデルを用いた場合に、今の事業や企業の成功が否定されるという根拠はどこにもないのだ。

 

だから、ビジネスモデルという発想の価値は、ある共同体意識を前提としていることを認めざるをえないだろう。そのキーワードを拾うと、戦略、プラン、意思決定主体、成長、効率、生産性、モデルということになる。

 

生産手段やコミュニケーション手段などのビジネス・インフラに大きな変化がなく、人々の価値観が安定している場合、つまりビジネスのパラダイム(潮流)が安定的な状況においては、過去の中に未来が隠されていると考え、過去の事実と結び付けることによって、未来に対するある程度の成功可能性を得られるかもしれない。

 

4 経済人が死に、生々しい人が支配する未来

しかし、上記のようなキーワードを前提としたビジネスあるいは経済が壁にぶつかっているのが、現在の状況ではないだろうか。

 

今までの考え方とやり方が通用しなくなった以上、次の地平を切り拓いてゆくためには、新たな処方を作ってゆかざるをえない。

 

その際のキーワードは、プロセス、相互作用関係、意思、持続、価値、非モデル・・・etc、となってくるはずだ。

 

なぜなら未来の地にいるのは、従来の経済学が幻想として描いていた常に合理的行動をする「経済人」ではなく、しばしばとんでもない間違いを犯し、なおかつその間違いに気付かない生々しい「人」だからだ。

 

ビジネスとは、こういった不確かな人間が作りだしてゆくものであり、同時に人間は自ら作り出した世界から影響を受けて自らの振る舞いを決定する。世界と人間はこのように相互規定的な関係として作り上げられていると考えた方が良かろう。

 

5 最後に

つまり、これからのビジネスとは、いままでと同じく迷路をくぐり抜けると宝箱に辿り着くような「上がり」のあるゲームだと考え続けている人にとっては、イバラの道になるだろう。

 

将来に目的というものを設定することにより、現在を将来に奉仕するための手段とするスタンスは、ビジネスの面白さを殺ぐ原因になるとともに、成功例に学ぶ限り先の成功者に対してすでに決定的に遅延しているという理由によって、はじめから成功から遠のいてしまうのだ。

 

逆説的な言い方になるが、全てが上手くいくゲームは面白さのかけらもないばかりか、ゲームとして成立しない。なかなか上手くいかないこと、膨大な失敗の山を築くこと、こういった試行錯誤こそがビジネスをの面白さだと思える者だけが、生き残っていく世の中になると思う。

 

試行錯誤を組織全体で迅速に繰り返すことを可能とする経営、これこそが「動的安定経営」そのものなのである。