どうすれば観光業にイノベーションを起こせるか

陳腐化している産業や業界という枠組み

「観光業でイノベーションを図る」という命題を考える場合、「産業」と「イノベーション」の2つの視点がある。先ずは「産業」だが、産業は業界に置き換えることが出来ます。これまで経営戦略立案において2つの基本的前提がありました。

  1. 業界がもっとも重要な枠組みである。
  2. 一度確立された競争優位は持続する。

ところが、テクノロジーの進化、M&A、アウトソーシング、ビジネスモデルの多様化、法規制緩和などにより、これまで存在した「業界の垣根」が消えつつあります。この結果、現在有効な優位性への脅威は、業界の周辺部や思いも寄らない場所から現れることが増えたのです。

また、変化のスピードが加速したことで一度確立された競争優位の持続が難しくなり、「一時的競争優位の連続」を実現する戦略思考への切り替えが必要になりました。

したがって、旅行業界でイノベーションを起こしたければ、業界という枠組みを捨て、その代わりに、顧客が求める解決したい課題(ニーズ)や欲求(ウォンツ)に応じてゲリラ的に発生する異種格闘技場(アリーナ)で都度戦うスタイルに頭を切り替える必要があります。

最近では、観光業に身を置く人々が想像していなかったAirbnbが出現が、この状況を象徴しています。

イノベーションとはなにか?

Innovationは「革新」「刷新」「一新」などと和訳されることが多いですが、語源はラテン語のリニューアルする」という意味のInnovareに由来しています。しかし、シュンペーターの『経済発展の理論』が日本に紹介された際、イノベーションを技術革新と訳したため、「イノベーションとは、新技術を使った革新的で画期的なプロダクト」という誤解をしている人が多いのです。

しかし、OECDは、イノベーションのカテゴリーについて以下のガイドライン(オスロ・マニュアル)を設けて公表しています。

  1. プロダクト・イノベーション
  2. プロセス・イノベーション
  3. 組織イノベーション
  4. マーケティング・イノベーション

このことから分かるように、新技術で作られた世界初の画期的な商品を生み出すことだけがイノベーションではありません。既存の技術や情報を新たに結合することで、顧客に新たな価値を提供可能になれば、それは立派なイノベーションになります。例えば、楽曲のCD販売からダウロード販売、ストリーミング販売への変遷はイノベーションを伴っていることになるのです。

さらに、イノベーションとインベンション(=アイデアや技術の発見)の混同もよく見られる誤解の一つです。ある仕組みや製品が新しいのに、顧客が全くその製品やサービスを購入しなければ、ビジネスとして成立しません。新たな仕組みや技術は、顧客に広く受け入れられてはじめてイノベーションになります。したがって、ビジネスモデルの構築力がインベンションをイノベーションへ導くために不可欠です。

イノベーションが生まれづらい理由

シュンペーター曰く「企業家のイノベーションが資本主義を駆動する」ため、資本主義は原則的にイノベーション無しには成り立たちません。しかし、イノベーションは経済のフロンティアを切り拓いていく最先端企業での話で、自分には関係ないと思っている会社が多いのです。

ここでも3つの誤解が全ての企業に可能性があるイノベーションの創出を阻んでいます。

  1. 世界初の画期的なものでなければならない。→自社内初でよい。
  2. アイデアはオリジナルでなければならない。→他者のアイデアをシードとしてビジネスモデル化することもあり。
  3. 研究開発部門がカバーする領域である。→部門に関わらず取り組むことである。

このように考えれば、イノベーションは決して他人事ではなく、どの企業でも生み出せる可能性があることに気付くはずです。

ただし、真のイノベーションの成功とは、スマッシュヒットを1回限り生み出すのではなく、絶え間ない発明と環境への適応の中から、持続的な企業成長が実現されることを意味します。

そのためには、イノベーションを継続的に生み出すための素地が必要です。具体的には、企業文化・企業風土、経営者の理念が重要なのです。

なぜなら、アイデアは会議からは決して生まれず、個人の頭の中から湧き出るものであるため、突出した人物を引き寄せるカルチャーを持つ企業になることが、最初にして最大の一歩だからです。イノベーション不足を嘆く多くの企業はほぼ全て、この最初の一歩で躓いています。

旅行業界はこれまでイノベーションを起こしたのか?

近代旅行業が持つ3つの基本機能は、情報提供機能・予約機能・金融決済機能ですが、各機能において、過去にどのようなイノベーションが生まれ、その結果どのような影響が出たのでしょうか。

1 情報提供機能
インターネットが普及したことで、それまで顧客との間に存在した情報格差が縮小した。

2 予約機能
顧客が店舗に出向いて予約をする時代は旅行会社の独壇場であったが、その後コンピューターシステムとインターネットの発達とともに、OTA*1の出現、航空・鉄道会社や宿泊施設によるダイレクト予約の強化により、旅行会社の予約機能の優位性が減じている。
*1 OTA:Online Travel Agentの略。インターネット上だけで取引を行う旅行会社を意味する。e.g.じゃらん 楽天トラベル

3 決済機能
現金決済が優勢な時代は、予約機能と決済機能を合わせてクーポンを発券することで顧客に利便を提供出来ていたが、ICTの発達とクレジットカード等の多様な決済手段の出現により、優位性が失われている。

他にも、ジャンボ機の出現により航空運賃が下がるとかLCCの出現により旅行パターンが変わるなどのイノベーションが旅行業界周辺で起きました。

ただし冷静に見ると、ほぼ全て自ら生み出したものではなく、他者が起こしたイノベーションに対して受動的に適応するというスタイルに終始してきたことが分かります。結果的に、他者のイノベーションによって新たなプレイヤーが出現し、自らの競争優位性を落とし続けているのが観光業界の姿なのです。

旅行業界にどのようなイノベーションが必要か?

いま必要なイノベーションとは、どのようなものなのか。この方向性は明確にしておく必要があります。そのためには、旅行業界あるいは自社や観光地など、それぞれの立場で意思を持って描いた未来像が求められます。

  • 訪日外国人向けに新たなサービスを提供したい
  • 日本人の旅行者数を増やしたい
  • 手数料収入からフィー収入へ切り替えて利益率を上げたい
  • 国外へ進出したい
  • 観光資源としての価値を高めたい

このように様々な未来像が考えられますが、どれが正解という話ではありません。意思あるところにしかイノベーションは起きないことを知り、今後の展望を構想することが大切です。

旅行業界は、経済状況、政情不安、流行病など外的要因により業績が大きく左右されてきた歴史が長いために、受動的姿勢が強い傾向があります。また、度重なる新たなプレイヤーの出現により、レガシーな企業ほど戦線の縮小を続けているため、縮小均衡を図ることが戦略の主題となっている企業が多い。しかし、これからの時代において穴熊作戦だけでは生き残りは難しい。そのために、先ずは、3C*2を改めて定義し直したうえで、未来像を描くことが、イノベーション創出のために不可欠な準備になります。
*2 3C:Company:自社 Competitor:競合 Customer:顧客

イノベーションを図るために行うべき2つのこと

一つ目は、記述の未来構想を描くことです。その際重要なことは、「何が起こるか」という予測に基づいた「正しい」シナリオを考えるのではなく、みなが本気になれるシナリオづくりをすることです。本気とは他人の正しさの主張の中には無く、個々人の願望や欲求から生まれてくるものです。

魅力的な未来シナリオがあってはじめて、二つ目の尖った資質を持つ人材の獲得と育成を行うことが可能になります。ただし現実的には、時間を短縮するために社外の経営資源を活用することも選択肢に入れるべきでしょう。また、こうしたイノベーションの萌芽となる人材が活躍する場は、従来型のリスク回避思考に邪魔されることがないように、別組織を設けることも肝要です。

※本記事は、『週刊トラベルジャーナル』2019年1月7・14日合併号(特集:ポスト平成の論点 観光マーケティングと産業イノベーション)に寄稿した「産業イノベーションは図れるか」の記事をベースに一部加筆修正をしたものです。