値上げをする勇気を持て

日本の消費財産業全体が抱える課題とは

以下のコラムで、外食業界とアパレル業界が抱える課題について取り上げました。

だだし、このコラムで指摘した日本のアパレル業界が抱えている課題は、アパレル業界だけに留まらず消費財産業全体に共通する課題です。

  • 思い切った特徴のある商品を投入するリスクをとるよりも、大当たりも大外れもしない無難な商品開発。
  • 顧客第一と口では言いながら、真の消費者理解をすることなく進められる商品開発。(小売サイドの声を反映させるのではなく、あくまでもメーカーサイドの商品開発/商品開発チームの男女・年齢構成が顧客層とかけ離れている)
  • 細かな機能的差異と漸進的なコスト削減効果を反映した商品を次々に投入するが新たな価値は創造されず、消費者から見ると無用に多い商品数と氾濫するブランド。
  • 製造と販売が両方ともシェア志向で、「値上げ」を拒否する強い傾向。

「値上げ」を躊躇う経営者のマインドとは

こうした経営志向が、物価が上がらないデフレ状態を誘発し加速することに加担しました。

それにも関わらず、「デフレから脱出するためにはどうすれば良いか?」と問われると、「政府の経済政策に期待する」とか「新興国によって起こされている労働力単価引き下げの圧力が一段落すれば・・・」などと他人任せなマクロ的視点の話しかしない経営者の方がいます。

でも、自社でも出来るもっと簡単な方法があるのではないでしょうか。それは、自社商品の「値上げ」です。

値上げをする場合、同じ商品の適正価格を見直すという方法がありますが、もちろん闇雲に値上げをすればいいということではありません。それに見合う価値を付加するのは当然です。

そして、この付加価値という話が出てくると、値上げは口で言うほど簡単なことではなくなります。

なぜなら、日本の経営者の多くは、自分たちが提供している商品やサービスに、ライバル社と比べて差別化された価値があるとは思っていても、自信を持って主張しないからです。

日本人的美徳である謙虚を身に付けていると言えば聞こえが良いですが、実は自信たっぷりに主張することに慣れていないのです。

反対に、人知れず無駄を省いてコストを削減することにかけては、特に製造業において、日本は世界一だと言って間違いがありません。

コストを削減する作業は、下請けや社員が一丸となって無駄を省く、内向きの活動です。

ところが、価格については、この製品やサービスの価格は価値に見合っていると、消費者にメッセージングする活動が不得意な日本企業が多い。

いかにして相手の心に入り込んで、その意思決定に影響を与えることが出来るか、つまり身内ではない他人とのコミュニケーションが不得意だという日本人の弱みが出ているのです。

デフレを言い訳に付加価値向上を怠る企業

言い方を変えると、価格決定において、日本の経営者はデフレを言い訳にしているところがあります。

デフレ、デフレと騒いでいますが、日本のデフレは1998年からの15年間で見ると、消費者物価指数が年平均0.3%の割合で下がり続け、2013年までに約4%下落しています。

つまり、15年間で4%「しか」物価は下がっていないのです。

本当のデフレとは、1929年から始まったアメリカの大恐慌時代のように、たった4年間で、年率で最大10%も下落するような状況を指すのでしょう。

こうした経営者がつい口にしたがる「値段が厳しくてね」という言葉が、単なる主観的な言い訳でしかないことは、ある調査によって証明されています。

ドイツのサイモン・クーチャー&パートナーズというコンサルティング会社が、2012年に日本を含む23ヶ国24業種を対象として、価格についてのオンライン調査をした結果があります。

その結果によると、日本の企業は、世界のどの企業よりも、市場での価格競争が厳しいと強く感じているようです。

<日本企業の回答結果>

自社が属している業界で価格競争が起きているYES90%以上
自社も価格競争に参加しているYES75%以上
その価格競争は他社が仕掛けたYES94%
その価格競争は自社から仕掛けたYES2%
過去1年間で値上げを実行したYES32%
過去1年間で値上げを一度も検討しなかったYES62%


2012年は今よりもデフレマインドが強い時期だったので、新たに調査をすれば多少数字は改善されるとは思いますが、実に90%以上の企業が業界に価格競争があり、75%以上が自社もその競争に参加していると答えている結果が際立っています。

ちなみに、欧米企業の回答は、「そもそも価格競争などない」としている企業が30%以上あり、日本では75%以上だった「自社も価格競争に参加している」と答えた割合は、50%以下です。

そして、日本企業は「過去1年間で値上げを実行した」が32%ですが、これは23ヶ国中最低の数値です。おまけに「過去1年間で値上げを1度も検討しなかった」割合は62%で、こちらは23ヶ国中最高の数値です。

世界一価格競争が厳しい市場だと思っていながら、その価格競争は、ほぼ100%自分から仕掛けたのではなく、競合他社が仕掛けてきたと思っているところも見逃せません。

したがって「値下げ」は頻繁にするけれど、それは戦略的打ち手ではなく、事故に巻き込まれたという被害者意識で行っている受身の追随策でしかないことになります。

私は剣道をしていましたが、武道の世界では、相手の変化に意識を傾注することを「居着き」と言います。これは必敗の構造だと教えられました。「相手がこう来たら、こう反応しよう」と反応速度と対応の洗練を競ううちに、自分が常に「後手に回っている」ことを忘れてしまうからです。

利益よりリスクに敏感な人間な心理バイアス

とは言うものの、戦略とは名ばかりの受身の追随策しか打てない経営者が、不景気でしかもデフレの環境下で、価格の引き上げを行うという意思決定を合理的理由だけで行うことは難しいでしょう。

なぜなら、人間は意思決定において、それぞれの選択肢の持つ利益よりもリスクの方により過敏になる傾向があるからです。

仮にハイリターンであったとしても、同時にハイリスクである場合がほとんどなので、値上げという決断をするときに、そのリスクを引き受ける覚悟とか勇気が経営者に必要になります。ローリスク&ハイリータンなことなら簡単に決められますが、実際にはそんな選択肢はあり得ません。

言い替えれば、その勇気がない経営者は、値上という決断が出来ずに、いつまでもコスト削減と価格競争に明け暮れるしかないことになります。

ビジネスの利益構造をどう捉えているか?

以下のコラムで利益の構造について述べましたが、自分のビジネスを[売上高]-([原価]+[経費])=[利益]だと捉えている経営者は、他社との価格競争に巻き込まれ、利益を削って価格を下げることになります。

一方で、[利益] = [効率利益] + [中核的利益=価値]と考えてビジネスをすれば、価格競争に巻き込まれることは少なくなるはずです。

企業は顧客に対して色々なメッセージを発しますが、価格もその一つです。

もし価格に、価値が含まれていなければ、企業が顧客へ送るメッセージは、「価格が安い」という価格訴求だけの内容になりますが、何らかの価値が含まれていると考えるなら、自ずとそれを強調するメッセージを発信することができるはずです。

その意味で、「安くしなければ売れない」という発言を、企業経営者は軽々としてはいけません。

より正確に「自社の商品・サービスは、価値がない、あるいは価値が低いので、安くしなければ売れない」と言わなければなりません。このように正しく表現することで、はじめて問題の所在がどこにあるのかハッキリします。

そうではなく、「自社商品には十分価値があると信じているが、消費者が認知する価値が低いので、安くしなければ売れない」という状況ならば、やるべきことは言い訳ではなく、消費者が正しく認知してくれるようにコミュニケーションについての改善や改良をすることでしょう。

値上げを実施した経験がない経営者に問われる勇気

ただし、失われた20年の間に、価格を下げ続けているだけで価格を上げる経験をした経営者が数少ないのは、先ほどの調査結果を見ても明らかです。

だから、価格改定のタイミングとか上げ幅とか、価格を上げるために必要な実務的なノウハウを持っている経営陣が社内にいない可能性が高いのです。

そして、値上げすることが売上高にどれだけの影響を及ぼすのか、そのリスクをとる経験をした経営者も同時に少ないことになります。

そこに、値上げをした結果、平均客単価は上がったけれど客数が減少して売上減となった他社の実例が目に入ると、「やっぱり値上げは怖いな」という思いが強くなることがあるでしょう。

でも、ポストデフレ時代の経営者が戦略的に考えるべきことの一つは「値上げ」についてです。

そして、値上げをする経営者に必要な資質とは、知性でも経験でもなく浪花節ですが「勇気」であることを断言します。その勇気を支えるものは、精神的強靱さではなく、顧客に提供する自社の商品やサービスへの信念と信頼でなければなりません。

さて、これを機会に自社の商品やサービスの価値とは何か、それが消費者に伝わっているのかを再検証してみてください。

そのうえで、価値あるモノが価格競争に晒されているならば、値上げというアンタッチャブルな領域へ、勇気をもって一歩足を踏み出してみることをお勧めします。