ビジネスを戦争に例えるのが好きな世の中

書店のビジネス書のコーナーへ行くと、「MBAマネジメントブック」とか「リアルオプションと経営戦略」といった分厚い「戦略本」が威風堂々と鎮座している。

 

自分自身の本棚を見渡しても「企業戦略論」「戦略の本質」などなと…たくさんの「戦略本」が目に入る。

 

ご存じのとおり、現在ビジネスの世界で普通に使われている「戦略」「戦術」という言葉は「戦争」用語である。いったい、いつからビジネスが「戦争」になったのだろうか。

 

日本の歴史を振り返ってみても、江戸時代以前の「商い」を武士の行う「戦」としてとらえていたという印象はない。現在に至っても、少なくともお客としてモノを買ったりサービスの提供を受ける時に、戦場に赴く覚悟をもって挑むことはないはずだ。(最近増えているモンスター・クレーマーを別とすればだが。)

 

本来、商い=ビジネスはモノを媒介とする平和的なコミュニケーションであり、戦争の例えで語るのはおかしいはずだ。

 

それでも書店には「戦略本」が並び、「戦国武将に学ぶ経営戦略」という本が実際に存在する。

 

実際の会社においても、管理職を「指揮官」と呼び、「お前たちが兵隊さんをいかに使いこなすかに、会社の業績がかかっているんだ!」と罵声を飛ばしている社長が殿と呼ばれていたりする。

 

その流れに便乗するかのように、経営コンサルタント側も、「社長の軍師」とか「経営参謀」などと自分自身にキャッチコピーを付けることが多くなって来ている。

 

さらに1900年代半ばくらいから、「勝ち組」とか「負け組」という言い方が一気に社会に蔓延した。「俺は勝ち組だ」などと自ら公言して憚らない人がいるが、個人的には、ビジネス会話の中に「勝ち組」「負け組」という言葉を使う人に対しては、その知性を疑うようにしている。

 

経済成長がもたらした功罪

『孫子』の兵法において「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と書かれているように、戦争においては百戦百勝は目指すところである。失敗から多くを学ぼうというスタンスは許されていない。

 

しかし、ビジネスにおける「負け」の状態は、おそらくビジネスに取り組む者にとっては、避けることが出来ない重要なプロセスではないだろうか。

 

それにも関わらず、勝ちとか負けとかのコンテキスト(文脈)の中でビジネスを捉える考え方の根底に潜むものは、ビジネスとは「最小の努力で最大の成果を得る」のがお徳だと考えている無意識に持っている信念だ。

 

いったいいつから、最初は自分が他人より余分に持っているモノの「交換」をする、というコミュニケーションとして始まったビジネスを、戦争という例えによって語るようになってしまったのだろうか。

 

原因は、資本主義経済の発達であろう。交換に供されるリソース(資源)が豊富にあった時代は良かったのだが、グローバリゼーションの名のもとに市場規模が拡大し、人口が爆発的に増加し、高度経済成長を続けているうちに、地球上のリソースの有限性が見えてしまった。

 

その結果、ゼロサム・ゲームといういう言葉に象徴されるように、ビジネスが社会の限られた資源の奪い合いとして認識され、企業をその獲得機関として考えるようなビジネス観が支配的になってきたのだ。

 

戦争とは昔から「陣取り合戦」と言われてきたが、ビジネスが資源の奪い合いの態様を示すようになれば、戦争とみなすことは頷ける。

 

国家が行う戦争においては、軍人も人民も戦争の勝利という最終目的のための重要な資源と考えられる。だから、いかにして戦いを有利に進めるか、そのためにはどのような位置取りをすべきか、といった戦略論議が、戦争に模したビジネスで「勝利」するためにも不可欠な条件になったわけだ。

 

戦争の前では、全てのプロセス、戦術、戦略は「勝ち負け」という結果につながる限りにおいて意味がある。資本主義の発達により、企業という組織の巨大化が起こるに伴い、大人数を統制する軍隊のように、ビジネスも単純で分かりやすいゲームにせざるを得なかったのだろう。

 

結果だけが重要で、プロセスには意味はない。無駄は徹底的に省くべし。現実の仕事において私自身もこうした考え方にしたがって言動をしていることがある。しかし、こんなビジネス観でいいのかなと疑問に思う日々だ。

 

利益の源泉が変わった

ビジネスにおける利益は、どこから生まれるのだろうか。

 

これまでのビジネスにおいては、「効率」が利益を生み出し、利益を拡大していくための重要なキーワードだった。より多くのモノをより早くより少ないコストで、を目指して企業経営は行われてきた。だからこそ、シックスシグマとかTPS(トヨタ生産方式)とかERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)などの、効率により利益を生み出そうという手法が成功の鍵だとされて来たのではないか。

 

しかし、効率を追求し続けた先にあったものは、「偽装」や「不正」や「ブラック企業」の頻発という結果だった。大企業ですら、いままで通り効率によって利益を上げ続けることが難しくなっているという認識を、先ずは持つべきだろう。

 

ましてや中小企業が、効率を追求することで利益を上げていくなどという考え方はありえない。

 

では、利益の源泉は何に変わったのだろうか。その答は、各社の本物の「強み」に変わった、である。

 

「強み」という言葉自体、すでに相当手垢が付いているので、何を今さらと思う向きも多いだろうが、「本物強み」は社長に聞いても、顧客に聞いても簡単に出てくるものではない。ましてや、マーケティング論を振りかざす人が語るUSP(ユニーク・セリング・プロポジション)などで語られるような浅い話でもない。

 

しかし、これからの時代は、見つけるのが難しい本物の強みを明らかににして、経営全体を再構築することが必要である。それは、他社との戦争に勝つためではなく、ゼロを1(イチ)にするビジネスを展開していくために不可欠なのだ。

 

動的安定経営実現のための第一歩が、この本物の強みの発見から始まるのは、ここに理由がある。