【要旨】

適切な経営課題を設定できていなければ、事業につまずく結果になりますが、曖昧な経営課題を掲げている企業の割合が多いのが実情です。

 

しかし、変化のスピードが加速する時代の経営では、従来の経営課題のとらえ方が通用しなくなっています。経営方法そのものが変化している時代なのです。

 

【本文】

あいまいな経営者の問題意識

一般社団法人日本経営能率協会は、「当面する企業経営課題に関する調査」というリサーチを行っています。2016年12月に発表された最新版で、経営課題のベスト10はつぎの通りです。

1位

収益性向上

44.5%

2位

人材の強化(採用・育成・多様化への対応)

39.3%

3位

売り上げ・シェア拡大(販売力の強化を含む)

33.6%

4位

新製品・新サービス・新事業の開発

32.7%

5位

事業基盤の強化・再編(M&A・アライアンス・既存事業の選択と集中)

20.9%

6位

技術力・研究開発力の強化

19.4%

7位

顧客満足度の向上

16.1%

8位

グローバル化(グローバル経営)

13.3%

9位

品質向上(商品・サービス・技術)

12.3%

10位

財務体質強化

10.9%

10位

現場力の強化

10.9%

(※上位3つを選択した結果)

 

この結果に共感している読者の方が多いはずです。

 

特にベスト3に入っている「収益性向上」「人材の強化」「売り上げ・シェア拡大」は、日頃お会いする社長が口にすることが多い経営課題「売上」「人」「金」と一致しており、驚きがない順当な調査結果と言えます。

 

当面の経営課題として何を掲げているかで、その企業の将来を占うことができます。

 

では、この調査が示している結果を見て、多くの企業の未来は明るいと考えてよいのでしょうか。残念ながら、答はNOです。

 

1位の「収益力の向上」を図ることは、経営において当然のことです。

 

「当社は儲かり過ぎているから、収益力をこれ以上アップする必要がありません」などと考える経営者はいません。

 

収益を追求し続けることは、株式会社としてのアプリオリな至上命題なのです。

 

したがって「収益力の向上」そのものは経営課題にはなりません。

 

その実現のため具体的に、「何をどのようにするか」が経営課題なのです。

 

多くの経営者が「収益力の向上」を果たしたいと考える裏には、「デフレ環境でライバル社との競争を続けているため、販売価格が下落する一方で利益が減少している」という現実があります。

 

この状況を打開するためには、少なくとも次の問いのレベルまでブレイクダウンしないことには、経営課題になりえません。

  • 規模の利益を追求するべきか
  • 価格競争に耐えうるコスト構造にするか
  • 高付加価値商品へシフトするか
  • 新規事業に取り組むか

 

「人材の強化」についても同様で、古今東西すべての経営者が考えていることです。

 

しかし、自社の現在または将来の戦略やビジネスモデルにおいて必要な「人材」の定義ができていない企業ほど、漠然と「人材の強化」と言って済まそうとします。

 

自社にとっての「いい人材」を惹き付けるために打つ手は、企業のブランドイメージ向上か、将来ビジョンをストーリーテリングすることか、トップの生き様を発信することか・・・。ブレイクダウンをしていかなければ、念仏を唱えているだけで行動に結び付きません。

 

それ以前に、長年経営をしていれば、「人材の強化」ほど、無いものねだりであることに気付くべきだという見方もあります。

 

人材について、真剣に考えている経営者は、今いる人材でも高い付加価値を生み出せるビジネスを考えたり、自社の価値を生み出す最も重要な部分(コア・バリュー)のみにプロパー人材を活用し、それ以外の業務についてはアウトソーシングしたりすることを考えるなど、もっと具体的な検討をしているために、決して「人材の強化」という漠然としたことを言いません。

 

「売り上げ・シェア拡大」についても同様です。

 

経営課題をクリアにしている経営者は、「なぜ売り上げ・シェア拡大が必要なのか?」という問いに答を出した後に、「そのために、どの手段を使うか?」という問いに置き換えることをしています。

 

その答えとして、ブランド力向上、新製品・新サービス・新事業の開発、エリア戦略、顧客満足度の向上などの手段を検討し、自社が取り組むことを経営課題としています。

 

「売り上げ・シェア拡大」が経営課題だと思っているだけでは、有効な行動に結び付くことはないでしょう。

 

経営課題の10位に「財務体質強化」があがっていますが、自己資本比率を高めたいのか、総資産利益率(ROA)を高めたいのか、キャッシュリッチにしたいのか、財務体質の強化が目指す先は一つではありません。

 

しかも、財務体質の強弱はビジネスの結果に過ぎないので、財務体質を強化したければ、ビジネス自体をどう変えていくかという次元に落とし込まれている必要があります。

 

したがって、財務が抱えている課題は、ビジネス上の課題に置き換えない限り、経営課題とはならないものです。

 

賢明な読者の皆さまは、既にお気づきと思いますが、「収益力の向上」「人材の強化」「売り上げ・シェア拡大」が上位3つを占めているということは、経営課題を明確にして、その解決や実現に取り組んでいる経営者が世の中には少ないことを意味するのです。

 

負債化する経営の常識

では、成果を上げる行動に結び付く経営課題が定義出来ていれば、企業は成長を続け、増収増益を維持できるのでしょうか。

 

答えはYESであり、NOでもあります。経営課題を具体化して行動に移さない限り企業改革が進まないという意味ではYESです。

 

しかし、より重要なことは、経営課題の具体化以上に「何を経営課題とするか」です。あるいは、「どのように経営課題を見出すか」です。

 

意味のない課題を具体化して、その実現に取り組んでも成果が得られないという意味ではNOです。

 

これまでは、与えられた課題に対して、いかに迅速かつ的確に正しい「やり方」を探し出して適用するかが、経営における成功の秘訣とされてきました。

 

しかし、この考え方はいつどんな時でも役立つわけではありません。あくまでも17世紀に確立された「機械的世界観」と「要素還元主義」を二つの柱とした近代科学の知的パラダイムの系譜に立った場合に、妥当性が高いだけに過ぎません。

 

機械的世界観とは、「世界は、いかに複雑に見えようとも、結局は、一つの巨大な機械である」という発想にもとづく世界の見方です。

 

そして、要素還元主義とは、「何かを認識するためには、その対象を要素に分割・還元し、一つ一つの要素を詳しく調査したのち、結果を再び集めればよい」という考え方です。

 

したがって、近代科学的経営の根底には、「企業は一つの機械であり、この機械を改良するためには、これを分解し詳細に仕組みを調べればよい」「そして、企業活動を発展させるためには、企業を適切に設計し、制御すればよい」という考え方が隠されています。

 

経営がこれからも機械論的かつ要素還元的に取り扱えるものであれば、経営の良し悪しとは、あくまでも「手法」の巧拙の問題に過ぎないという意見に同意します。

 

フレームワークを駆使した分析能力に長け、過去の成功事例をパターン化して自社の経営に適用することで、改善の効率を著しくアップすることは間違いありません。

 

たしかに、戦後長い間、こうした考え方にしたがって経営をすることで、日本企業は高い成長を果たしてきました。だからこそ、企業が曲がり角を迎えたり、崖っぷちに追い込まれるのは、「やり方」を間違ったり実行の効率が落ちたりしていると考える経営者が多いのです。

 

ところが、窮地に陥った最近の企業を見ていると、近代科学的経営を真面目に実践していたにも関わらず衰退トレンドから逃れられなかったケースが増えていることに気付きます。

 

どうやら経営の困難さの強度が同じベクトル上で増しているのではなく、経営の質を上げるための要因が変化しているのです。

 

つまり、経営の常識が負債化したことが、バランスシート上の負債の肥大化に繋がっているケースが増えているのです。

 

成功体験を持ち、これまでの経営に自信を持った経営者ほど、経営の常識の負債化に気付きづらく、真面目に頑張れば頑張るほど傷を深めていくことが多い時代に変わっている認識を経営者は持つことが必要です。

 

したがって、収益力向上という目的のために、状況を分析して要素分解して施策を考えるという王道の経営をしても成果が上げづらいだけではなく、かえって状況を悪化させることすらあります。

 

経営自体のイノベーション

優秀な経営者であれば、経営における「イノベーション(革新)」の重要性を理解し、その実現を努めているはずです。

 

しかし、「イノベーションとは何か?」と問われると、製品やサービスの分野に限定して考えている人がほとんどです。

 

この原因の一つは、イノベーションという言葉をポピュラーにしたクレイトン・クリステンセン著「イノベーションのジレンマ」にあります。この本のサブタイトルは「技術革新が巨大企業を滅ぼすとき」となっているように、この本は技術分野のイノベーションに焦点を当てています。

 

そのため、サービス業や販売業の企業経営者は、自分の会社にイノベーションは縁遠い話だと思っている人が多いのです。しかし、イノベーションには階層があることをゲイリー・ハメルは著書「経営の未来」の中で指摘しています。

 

 

イノベーションの主たる対象は、時間の経過とともに、下層から上層へ移行しています。

 

業務イノベーションは、ITインフラの整備という形で多くの企業に業務効率のアップをもたらしました。

 

製品/サービス・イノベーションは、アップル社のiPhoneや最近の日本ではバルミューダが分かりやすく象徴しています。

 

そして、戦略イノベーションでは、競合他社が即時に追随不可能なビジネスモデルを伴いますが、LCCの草分けであるサウスウエスト航空などが成功例としてあげられます。

 

イノベーションの階層を上にあがるほど、創造される価値が増大し模倣難易度が高まり防御力が強くなりますが、変化のスピードが加速する一方の経営環境において、イノベーションの旬な期間がどんどん短くなっています。現在では、よくできたビジネスモデルの賞味期限でも5年というところです。

 

そこでこれからの時代、イノベーションの焦点を経営管理分野に当てる必要性が高まっています。

 

ただし、これまで経営管理に関するイノベーションが、まったく行われていないわけではありません。

 

たとえば、フレデリック・W・テイラーは経営に科学的管理の考え方を持ち込んだことが、近代経営の礎になっています。

 

また、現在多くの企業が採用している事業部制という組織モデルも、GMが行った経営管理イノベーションです。

 

しかし、どちらも100年近くも昔のことで、生産性の向上につながるテイラーの手法も経営資源を分配し意思決定の迅速化を目指したGMの事業部制も、とっくに旬の時期を過ぎています。その間、経営者は経営管理イノベーションに関しては、大きな必要性を感じずに過ごしてきました。

 

変化に対する俊敏性と柔軟性

では、これからの時代に求められる経営管理イノベーションとは、どのようなものなのでしょうか。

 

変化のスピードが今よりも緩やかだった時代は、経営者には「予測」能力が大切でした。

 

情報を収集し分析して、将来の市場や業界の姿を見極め、先手を取って自社の舵取りをしていくことが経営者の仕事だったからです。

 

もちろん100%正確な予測は不可能でしたが、多少シナリオが異なったとしても、組織を強大化し市場シェアを高めることで、経営の安定性が揺らぐことを避けられました。

 

ところが、向こう5~10年の間に業界の枠組みを超えた場所で予想外のイノベーションが起こり、前例のないかたちで変化を迫られることが、次世代経営の特徴なのです。

 

つまり、予測のできない事態に直面して、衰退するのか、迅速に自らをつくり変えられるかが、経営における最大の課題になります。

 

そのため、変化に対する高い防御力や変化の微細な兆候を見逃さず先手を打つ能力以上に、出現した事態に対して経営資源や組織を迅速に再編する力が、新たに最重要になってきます。

 

冒頭であげた経営課題のリストの4位に「新製品・新サービス・新事業の開発」が入っていることからもわかりますが、経営者の多くは、製品やサービスを継続的にリニューアルする必要性を認めています。

 

ところが、経営のやり方については古典的な王道があると信じてはいないでしょうか。

 

その証拠に、戦略の転換やビジネスモデルの刷新には臆病で、組織能力(ケイパビリティ)やコアバリューは不滅のものだと信じています。

 

「一時的なものを持続的なものと勘違いする」ことが、事業につまずく企業と経営者の共通した特徴なのです。

 

だからこそ、経営資源の再編は日常的な経営タスクではなく、何十年かに一度襲ってくる企業存続に関わる危機からの再生における特別な仕事という認識を持っている人が多い。

 

しかも、日産のカルロス・ゴーン氏やJALの稲盛和夫氏のような新経営トップを主人公としたワンマンヒーローのサバイバル物語と無意識に思い込んでいます。

 

これからの時代、目指すべきは危機とは関係なく、継続的に経営資源を組み替え、新たなビジネスチャンスに迅速に適応する経営基盤を持つ企業あるいはネットワークを築くことです。

 

これまで主流だった再生は、痛みが大きいだけの時代遅れの変革プロセスであり、タイムリーな適応プロセスの代用としては高くつき過ぎることを肝に銘じる必要があります。

 

※本コラムは、『近代中小企業』12月号に掲載した5回連載記事の第5回「時代遅れの変革プロセスを改めろ 企業の生命力を高める次世代経営!」をベースに一部加筆修正をしたものです。