社長にとって理想の経営とは

経営者の方との話の中で、「どんな経営の姿を理想としていますか?」という質問をすることがあります。

 

答えには、社長の個性が表れるため、いろいろな理想像がでてきます。

 

その中でも、最近増えている答えがあります。

 

「経営を仕組み化してオートマチックに会社が回るようになったら嬉しい」

「社長である私がいなくても会社の業績が伸びていくようになったら言うことない」

 

こうした答が出てくる背景には、普段から社長が抱えている経営上の悩みがあるからでしょう。

 

「会社の業務全体について、細かいことまで目配りをして適切な指示を出していかないと、心配で仕方がない」

「優秀な社員はなかなか採用できないし、社員教育をしても目立った効果が出ないのが現状だが、優秀な社員がいてくれたら、もっと楽に業績が伸ばせるのに・・・」

 

特に中小企業の場合は、権限を委譲して任せられる人材が少ないために、社長が営業、経理、人事のすべての分野に渡って采配を振るう必要があるために、昔からこのような悩みを持っている社長が多いのです。

 

オートマチック経営を求めるワケ

それが最近になって、一般的な悩みから切実な悩みに変化して来たのには、理由があります。

 

日本人のビジネスマンとしての能力が、昔に比べて低下したからではありません。

 

日本経済が右肩上がりで成長している時代は、一度確立されたビジネスモデルで10年20年も飯が食えたので、社員に求める能力は、ルーティンワークを効率的かつ適切にこなす能力でした。

 

ところが、2000年を境にして、経済が停滞期に入ると同時に、市場や技術動向の変化スピードが早くなるという経営環境の変化が経営者に突き付けられました。

 

21世紀以降の経営は、確立したビジネスモデルに最適化された組織を作り上げて、効率を高めることで利潤を拡大していくという従来の経営手法が通用しなくなったのです。

 

終身雇用と年功序列賃金によって社員を長期間に渡って雇用し続け、仕事への習熟度合いが高まれば高まるほど、社員の成果が年々かさ上げされていくという古き良き時代では、業界や他社を横目で見ながら足並みを揃えてさえいれば、よほどヒドイへまをしない限り自然と成長が約束されていました。

 

この企業経営のあり方は、まさしくオートマチック経営だったと言えます。

 

ところが、市場の縮小すら起こるような状況になったことで、経営とは「管理」することではなく、競合他社と「差別化」をして「競争優位」を築き、一度の成功に安住することなく、継続的にイノベーションを起こし続けることが企業が生き残るための条件になりました。

 

しかし、長年勤めてきた社員ほど、新たな環境下では低パフォーマーになっていったために、社内に仕事を分担できるような人材は存在せず、社長のやるべき仕事の質と量は、これまで以上に増えました。

 

しかも、社長が頭を絞って考えた新時代の戦略を実行したくても、古いタイプの社員の理解を得られずに、トップ一人がしゃかりきになって頑張れば頑張るほど、空回り感が高まっています。

 

最近の社長が、「経営を仕組み化して、自ら考え成長していくよう社員に生まれ変わり、増収増益が半ば自動的に達成されるようになったらいい」とか「社長である私がいなくても、日々の業務が粛々と執り行われるような自律的な組織になったらいい」という願望を語る背景には、現実はまったくの正反対で苦労が絶えないという事情が隠されているのです。

 

一昔前のように、経営資源を適切に管理してさえいれば、市場の成長に伴って自然と増収増益になるようなオートマチックな経営が忘れられない懐古趣味とも言えます。

 

オートマチック経営は実現可能か

その辺の状況を察知した嗅覚の良い専門家は、「経営の仕組み化」とか「社長がいなくても回る企業づくり」を売り込んでいますが、果たしてそのような経営を実現することは可能なのでしょうか。

 

さらに言うと、そのような経営は目指すべき理想像なのでしょうか。

 

ここまで、定義を確認せずに「経営の仕組み化」という言葉を使ってきましたが、一般的には「いつ、誰が、何度やっても、同じ成果が出せるようにすること」を意味することが多いようです。

 

仕事の内容によっては、「いつ、誰が、何度やっても、同じ成果を出すことは」は可能でしょう。例えば、経理の仕訳伝票を起票するような仕事です。

 

しかし、研究開発職のような仕事は、個人の能力に負うところが大きいので無理そうだし、営業職についてもかつて「コア・コンピタンス」が流行ったときに、トップ営業マンの行動特性を分析して他の営業マンに真似させてみても意味がないことは証明済みです。

 

そもそも、特定の一人の人間を取り上げた場合でも、「いつ、何度やっても、同じ成果を出すこと」は容易ではありません。やるべきことをリスト化し、その順番を間違わずに実行しても同じ成果は出ないでしょう。

 

なぜなら、仕事の成果を左右する変数が他にあるからです。その変数とは「外部環境」です。

 

しかも、外部環境と一口に言っても、業種や職種によって属する要素はそれぞれ複数あるはずです。

 

天気、競合他社の販促策の存在、エリア、時間帯・・・など無限に存在するので、先ずは成果を左右する変数を漏れなくダブりなく明確に出来ない限り、「いつ、誰が、何度やっても、同じ成果を出すこと」は不可能です。

 

すでにお分かりかと思いますが、そうした変数をすべてピックアップすること自体が不可能なのです。

 

また、仮に社内で仕事の属人性を排除することに成功したとしても、商売は相手があることなので、先方の属人性までは、こちらの都合で排除することはできません。

 

十人十色の相手に、同一の仕組みを適用したくても、先方の反応という外部入力が異なるために、出力される結果は当然変わってくるはずです。

 

「経営の仕組み化」論者は、業務の仕組み化に留まらず、企業の成長も仕組み化できると主張します。

 

イノベーションの創出を経営者だけの仕事にせずに、全社員の仕事の中に落とし込むことは可能で、そのためにはトヨタ流カイゼンをお手本にすれば良いらしいのですが、イノベーションとカイゼンは全く異なるものです。

 

カイゼンの積み重ねの先にイノベーションが生まれることはありえません。

 

学習には、シングルループとダブルループの2種類が存在することは、よく知られた話です。

 

シングルループ学習とは、既存の考え方や行動の枠組みにしたがって問題解決を図っていくことです。一方、ダブルループ学習の方は、先ず既存の枠組みを捨て、新しい枠組み自体を生み出すことを目指します。

 

その違いをサーモスタットの例で説明すると、温度の設定値を24度にした場合、外部環境の変化に応じて24度を維持するためにどうしたら良いかを考えるのが「シングルループの学習」です。そして、そもそも温度の設定値を何度にすべきかがテーマになるのが「ダブルループの学習」です。

 

トヨタ流カイゼンは、典型的なシングルループ学習のことを指します。

 

企業組織にとって、シングルループの学習も必要ですし、やり方によっては「仕組み化」することも可能でしょう。

 

しかし、シングルループ学習だけでは環境に適応しながら生き残っていくことは難しく、成長のためには、むしろ成功体験を捨ててダブルループ学習をする必要があります。

 

つまり、単純なシングルループ学習の考え方だけでは、自動的に成長していく組織や業績の実現は難しいのです。

 

さらに、「経営の仕組み化」のためには、「マインドの仕組み化」が必要条件で、そのために「経営理念の組織への浸透」が行われなければならないという言説もよく目にします。

 

経営理念とは、都合の良い打ち出の小槌ではなく、止めどもなく湧き出る泉のような存在として、言動すべての源にならなければ意味がありません。

 

つまり、”「経営を仕組み化する」という問題解決のために必要とする「経営理念」”という発想自体が、経営理念の組織への浸透を阻んでいる原因なのです。

 

「経営理念の浸透がなぜ進まないか?」については、別のコラムで詳しく扱っているので、そちらを参照してください。

▶ 経営理念が組織に浸透しない本当の理由

 

オートマチック経営は理想の経営か

最近では、「人手不足」という経営上の課題もクローズアップされてきているため、会社の仕事から属人性を排して、オートマチックに日々のオペレーションが可能となれば、社長の悩みが解消されることは理解できます。

 

仮に経営を仕組み化し、社長がいなくても会社が回るようになったとして、そのとき社長は何をするのでしょうか?

 

最も重要なポイントは、この問いになります。

 

バカンスを楽しむために使えばいいのでしょうか。趣味にどっぷりと浸るために使えばいいのでしょうか。

 

経営者といえども一人の人間です。家族サービスをする時間も必要でしょうし、人生を謳歌する時間を大切でしょう。

 

でも、経営者である以上、お金では買えない「時間」という資源を生み出すべき理由は、たった一つです。

 

スティーヴン・R・コヴィーの『7つの習慣』の表現を借りれば、毎日「重要ではないが緊急なこと」に忙殺さることなく、「重要だが緊急ではないこと」に優先的に取り組むためです。

 

変化のスピードが加速していく現在の状況では、以前は「重要だが緊急ではないこと」だった事柄が、つぎつぎと「重要かつ緊急なこと」へと移っています。

 

事業ドメインの見直し、ビジネスモデルの刷新、新規事業への進出などのテーマは、従来「重要だが緊急ではないこと」に分類されていたので、何年かに一度まとまった時間をつくって考えれば良かった時代もありました。

 

しかし、いまでは日々それらのことについて絶え間なく考えていないと、後手を踏むことで、またたく間に好調な事業も転落の憂き目にあうことになります。

 

その意味で、経営者の「時間」という資源を、瑣事に奪われることなく「経営者にしかできない仕事」に回す重要性が飛躍的に高まっています。

 

ただし、それを実現する方法として、オートマチック経営は、先ずは実現性が危ぶまれる点に加えて、属人性を排するという方向性が企業の活力を減ずるという点において、理想の経営とは言えません。

 

10年ほど前になりますが、『奇跡の経営』(2006年 リカルド・セムラー著 総合法令)という本が話題になりました。

 

この本の舞台となるセムコ社の社長セムラー氏は、ほとんど出社することはありません。でも、朝から晩まで遊び暮らしているわけではありません。

 

社長の仕事は、社員のコントロールをすべて止め、社員が本来持っている智惠を最大限引き出すための企業という場づくりをすることと決め、徹底的に突き詰めています。

 

その結果、セムコ社には、普通の会社にあるような制度やルールが一切ありません。

 

例えば、組織図、企業戦略、計画、企業理念、マニュアル、業務フロー、人事部、キャリアプラン、レポート・・・

 

セムラー氏は「企業の成功は、利益や成長だけで測れるものではない」と言いながら、9年間で売上を6倍に伸ばし、「セムコ社にとって最も貴重な資産は、社員の智惠そのものです。そして、わが社の成功は、社員の成功のおこぼれを預かっているに過ぎない」と自社を評しています。

 

セムコ社の経営は、誰にも真似ができないところに、その価値の高さがあるために、実現のハードルは高いでしょう。

 

したがって、「セムコ社の経営をお手本にしろ」とは軽々に言えません。

 

ただし、これからの企業経営の方向性として、「属人性を排するのか」「属人性を高めて智惠を最大限引き出すのか」を考えるうえでのヒントにはなります。

 

これまでの時代は、他社と同じような製品をつくり、同じような仕事をしていても、「より早く、より正確に、より大規模に」することが出来れば、「効率と規模の利益」によって企業の成長と利益の拡大を実現してきました。

 

しかし、これからの時代のビジネスは、「顕在化したニーズに応える」だけではなく「潜在的なウォンツの発掘」という視点が不可欠ですが、そのためのアイデアは会議によってではなく、特定の人物の頭からしか生まれません。

 

アイデアとは、きわめて属人的なものなのです。

 

オペレーション重視で経営を考えれば、属人性を排し、「誰が、いつ、何回やっても同じ成果が出る」仕組みをつくりたくなる気持ちは分かりますが、そもそも実現が難しいでしょう。

 

万が一実現出来た場合、一回の成功体験を強化することは可能でも、イノベーションやアイデアの創出までを仕組み化することには無理があるので、状況の変化への対応が遅れ、早晩立ち行かなくなるリスクが高まるはずです。

 

経営者として、「属人性を排する経営を目指すのか」「属人性を活かす経営を目指すのか」について、これを機会に考えてみてはいかがでしょうか。