サッカー選手はプレーの失敗からどう学ぶか

サッカーで試合の中で、納得がいかないプレーがあったとします。

 

例えば、サイドから上がった絶妙なセンターリングをヘッドで合わせ損ねたとか、相手選手にドリブルで抜かれてしまった、というプレーです。

 

このような一つ一つのプレーの失敗については、選手は二度と同じミスを犯さないように、練習に励むという対策をとりやすいものです。

 

一つの失敗プレーから学んで改善とか成長に繋げることができるのは、そこに明確な「成功のイメージ」があるからです。

 

走り出しやジャンプのタイミング、あるいはキックやヘディング自体をそうした成功のイメージに近づけることが出来れば、失敗から学んだことになります。

 

サッカー選手や監督は試合の負けからどう学ぶか

では、サッカーのゲームに負けた場合はどうでしょう。

 

よく試合後のインタビューで選手がこう答えているのを耳にします。

 

「負けてしまったことは残念だが、修正しなければならないポイントがいくつかはハッキリしたので、次の試合に向けてきちんと直していきたい」

 

ここで言っている修正ポイントとは、やっぱり特定の局面における選手の動きを指していると思います。

 

例えば、ゴール前でのマンマークのやり方とか、中盤でボールを奪った後に相手DFの裏へ走り出すタイミングとかです。

 

でも、日本代表チームのようなレベルの高い監督や選手をもっても、90分間に渡るゲーム全体の成功イメージを明確に描くことは非常に難しいはずです。

 

なぜかというと、ゲームというのは相手がいるからです。

 

勝ちゲームのイメージが明確に描けないまま、全力でボールを奪いにいく、一対一で相手選手を徹底的にマークする、シュートチャンスでは迷わず打つ・・・程度のイメージで試合をして負けたチームが、修正ポイントが分かったつもりになって一生懸命練習しても、また同じように負けてしまうはずです。

 

サッカーの試合に負けてそこから何かを学ぶということは、ゲーム全体の明確な勝利のイメージがなかったことが分かった、あるいは一応あったけれど間違っていたことが分かった、ということをスタート地点にしなければなりません。

 

敗戦から学ぶことが、勝利のイメージに近付くことだとすれば、学ぶべきことは「新たな勝利のイメージ」を見つけること抜きには成立しないからです。

 

それにも関わらず、負けた原因の分析を一生懸命しているだけでは、新たな勝利のイメージは決して出てこないでしょう。

 

失敗から学ぶことの難しさを知ることが学びの第一歩

失敗から学ぶという出発点が十分に理解されないままに、失敗したら「二度と起こらないように気を付けますと謝り、何らかの対応をする」程度にゆるく考えている限り、たいした学びは得られません。

 

日本代表チームの選手は、「負けたものは仕方がない」「次に向けて切り替えていく」という表現をよくインタビュー内で使います。

 

9月1日、ブラジルW杯最終予選の初戦のUAE戦に1-2で負けた後のインタビューで、本田圭佑選手は以下のように語っていました。

 

 

最悪のシチュエーションですね。

 

こういう結果は非常に受け入れ難いですけど、終わってしまったことは仕方ない。

 

しっかり切り替えて、次またアウェーでタイとあるんで。

 

 

かつて日本代表チームの監督だったイビチャ・オシム氏は、この表現に対して苦言を呈しました。

 

 

選手やコーチたちがよく使うコトバで嫌いなものが2つあります。

 

「仕方がない」と「切り替え」です。

 

それで全部ごまかすことができてしまう。

 

「仕方がない」という言葉は、ドイツ語にはないと思います。

 

「どうにもできない」はあっても「仕方がない」はありません。

 

これは諦めるべきではないない何かを諦めてしまう、非常に嫌な語感だと思います。

 

 

かつてオシム氏が、日本のサッカー関係者に対してせっかく鋭い指摘をしてくれていたのに、本田選手をもってしても、「仕方ない」と「切り替え」という言葉を多用するマインドは全く変わっていません。

 

これでは、「失敗から学ぶ」ことをずいぶんと簡単に考えているのではないか、と思われてしまいます。

 

最初にチェックすべきは「やり切った」うえでの失敗かどうか

失敗から直接学べることは、「こうしたら失敗すること」だけであって、「こうしたら成功する」ということではありません。

 

失敗とは、いくつもある戦略や施策のうちの一つがダメだったということを示すに過ぎず、残りの選択肢のうち正しいのがどれかを教えてくれるわけではないからです。

 

仮に、戦略や施策がダメだったとしても、厳密な評価のためには、さらに気を付けるべきことが2つあります。

 

一つ目は、スポーツの場合もそうですが、企業においても、戦略や施策を「やり切った」うえで失敗したのかどうかの判断が曖昧なままに、失敗の原因分析をしていることが多いのです。

 

やり切れなかった(あるいはやり切らなかった)ことで思惑どおりの成果が得られていないならば、「やり切る」ために必要な要因を先ず明らかにし、改善可能であれば、セカンド・トライをするという進め方はあり得ます。

 

しかし、そもそも現在のチームやメンバーにはやり切ることが無理なタスク(例えば、センターラインを超えたらドリブルで駆け上がって一人でシュートまで完結する)の場合、他のチームでは有効な戦略になり得ても、そのチームにおいては戦略が悪いことになります。

 

因果関係の分析にはシングルループとダブルループの2つがある

二つ目は、因果関係の分析をする場合、アプローチに2つの種類があることを意識する必要があります。それは、シングルループとダブルループです。

 

よく使われるサーモスタットの例で言えば、シングルループのレベルでは、設定した温度(例えば24度)を上手く維持するという目的のために、もし温度が設定値に対して大きく上下するようなら、原因を分析し修正をかけて温度維持性能を高めることをします。企業において、売上を伸ばすことが正しい答であれば、その戦略やスキルを磨くことです。

 

それに対して、そもそもサーモスタットを何度に設定すべきか、戦略の仮説や前提や視点が正しいかどうかがダブルループのレベルになります。企業においては、そもそも売上を伸ばすことが最善の解なのか、もう一度見直すことです。

 

個人のプレーのレベルでは、「あのとき、こう動いておけばよかった」「あの判断は間違いだった」と振り返っていろいろ思うところがあるでしょう。同じように、企業における戦略の失敗でも「顧客のニーズを見誤った」「部門間のコミュニケーションが不十分だった」など、いろいろ出てくるはずです。

 

ただし、個人のプレーとは異なり、組織の戦略や方針が正しかったか間違っていたかの評価は、いくつもの要因が絡んでいるため複雑で難しい作業です。

 

それでも、適切にもつれた糸を解きほぐして因果関係を解明し、当初の仮説(設定温度)からズレていた原因がわかれば、的確な対応をとることが可能です(シングルループの学び)。ところが、そもそも仮説自体が間違っていた場合、シングルループの学びだけでは解決できないことになります。

 

例えば、市場調査をして顧客ニーズを特定して、いざ商品開発をして売りだしてみたら、そのニーズが見当外れだったため全く売れなかった場合、失敗の原因が「顧客ニーズを外していた」ということや「その市場調査会社は信用がおけない」ことは分かりますが、「本当の顧客ニーズがどこにあるのか」ということや「信用がおける市場調査会社はどれか」ということまでは分かりません。

 

今後、同じ調査会社を使って顧客ニーズを見誤るという失敗を繰り返すことは避けられるでしょうが、それは新商品をヒットさせるという成功を意味しません。

 

失敗の分析は無駄ではないが成功に繋がる可能性は低い

結局、失敗の分析をしても、してはいけないことが分かるだけで、何をしたら成功に繋がるかまで明確になる保証はありません。

 

だからと言って、失敗の分析を全くする必要がないわけではありません。失敗の原因の中に、新たな「成功のイメージ」に繋がる発見をする可能性は大いにあるからです。

 

ただし、成功するはずの戦略を立てた本人の頭の中味は、残念ながらすぐには変わらないので、その失敗を分析しようにも、前提や見方が間違ったままであることが多いのです。

 

したがって、ダブルループのレベルで失敗を振り返ろうとしても、そもそも新たな「成功のイメージ」がないから失敗したのだから、その新しい「成功イメージ」は本人の辞書にはない可能性が高く、失敗した原因を分析するといっても、自分が分かっている範囲だけで解釈せざるを得ないことが多くなることを忘れてはなりません。

 

本田選手は、ヨーロッパでプレーをしながら、強豪クラブチームのプレーを目の当たりにして、戦術も素晴らしいが、何よりもその戦術を可能にする選手個々の力が高いことをヒシヒシと感じているはずです。

 

そこで、ヨーロッパや南米の強豪国に勝つためには、そうした国々が採用しているプレースタイルを日本も実現して、しかもレベルにおいて追いつけ追い越せと、本田選手は考えるようになったのでしょう。

 

だからこそ、日本代表チームがが負けるたびに、個の力が弱いと言い続けています。たしかに、個の力は強いわけではないので、間違ったことを言ってはいませんが、本当にそう、あるいはそれだけなのでしょうか。

 

場合によっては、個は弱いけれど、最終的に勝てる作戦はないのでしょうか。

 

そういう本田選手自身が、ACミランで思うように活躍出来ず、日本代表チーム全員の個の力を上げることで強いチームを作るという戦略自体が、妥当かどうかが問われています。

 

現在の主力選手の後を引き継いでいくであろう若い世代を見ても、 U-23の五輪代表は、リオ五輪でグループステージで敗退し、フル代表に2、3人しか送り込めないというレベルです。

 

さらにその下のU-20では、W杯に4大会連続、8年間も出られていません。つまり、現在の日本サッカーは、A代表チームに限らず、次の世代も育ってきていないという危機的状況にあります。

 

となると、シングルループのレベルでは、個の力を高めることは正しいかもしれませんが、ダブルループのレベルで考えなくてはならないことの筆頭は、日本におけるサッカー自体のあり方でしょう。

 

Jリーグが発足してから20年以上経過して、昔に比べるとサッカー人気がものすごく高くなったような気がしているけれど、実はサッカー人口はほとんど増えていないのが現実です。

 

また、日本サッカー協会の姿勢にも疑問があります。若手の育成方針であるとか、興行優先で格下の国としか親善試合を行わないとか、アディダスという大口スポンサーの意向で特定の選手の起用がされている疑惑があるとか・・・

 

こういった現状のままで「W杯でベスト4を目指す」などと啖呵を切ってみたところで、絵に描いた餅にしかならないでしょう。

 

さらに、テクニカルな面では、日本代表チームとしての「勝利のイメージ」について、その時々の監督の過去の成功体験で右往左往している現状を改めて、「誰か」がキチンと確立して、それを基準にして負けた試合を評価をして、失敗から学ぶことを積み重ねていくことが必要だと思います。

 

「失敗から学ぶ」ことに失敗している企業が多い現状

ここまで、サッカー日本代表チームを引き合いにして、「失敗から学ぶ」ことについて考えてきましたが、どうやら日本人はシングルループの学びを活かすことの方が得意な傾向があるようです。

 

実際、リオ五輪での日本の成績を見てると、金メダルを獲った種目は、体操、陸上、柔道、水泳、レスリング、ボクシング……と、個人種目ばかり。団体競技で近年、好成績を挙げたのは2008年北京大会のソフトボールと、2012年ロンドン大会の女子サッカーぐらいでしょう。サッカーをはじめとして団体競技のほうが競技人口は多いはずなのに。

 

それはともかくとして、ダブルループのレベルで失敗からの学びを活かすことは、組織が関係してくる企業経営や戦略にも同じように求められます。

 

自社に置きかえて考えてみて下さい。あなたの会社にとって、「失敗」とは何を意味していて、その「失敗」から何を学びとっているでしょうか?

 

多くの経営者は、失敗を好んで認めたくないものの、最後は失敗を受け入れざるを得ないことがあるはずです。

 

でも、失敗から学ぶことを軽視しているために、それが失敗の本質かどうかよりも、「わかりやすい」「つっこまれづらい」を無意識のうちに重視して、学んだことにしてしまう誘惑に打ち勝てていません。

 

また、ミクロなシングルループのレベルでしか失敗の因果関係を考えていないことも多く、改善には余念がありませんが、そもそも採用した戦略や方針が間違っているかもしれないというダブルループのレベルまで考えが及びません。

 

スポーツにしろ企業経営にしろ、本当に強くなるためには、手痛い敗戦を幾度も経て、そこから這い上がっていくしかありません。

 

そのときに必要なものは、タフな精神だけではありません。せっかく経験した失敗から何を学びとるかの違いが、単に負け続けて消え去る者と、負けを糧にして確固たる成功を手に入れられる者との差になって現れるのです。

 

そのために大切なのは、失敗を通じて常に「成功イメージ」をバージョンアップすることですが、新たな成功イメージは、失敗から学ぶための目指すべきゴールというだけではなく、同時に失敗から学ぶための基準=出発点であることに気付いているリーダーは、スポーツであれ企業であれ栄光の高みへと導いていくことができるはずです。