一向に改善しない後継者不在の状況と「後継者塾」の興隆

このコラムでは、「後継者」をキーワードにして書いたことが、過去2回あります。

第5話:事業承継についての決断
第15話:同族承継をやめるところから始まる事業承継

 

後継者問題は、その後も解消に向かうことはなく、直近の調査によると、一層悪化の傾向にあるようです。

 

今年の2月に帝国データバンクが発表した「2016年 後継者問題に関する企業の実態調査」によると、社長の平均年齢は59.2歳と過去最高を更新しました。

 

その他、この調査で、以下の4つの事実が明らかになりました。

 

 

  1. 国内企業の3分の2にあたる66.1%が後継者不在で、前回調査から0.7pt上昇
  2.  社長が60歳以上(高齢社長)の企業では半数の50.0%が、「80歳以上」では34.7%が後継者不在。後継者不在率は「60歳代」「70歳代」「80歳以上」全ての世代で前回調査を上回った
  3.  後継者のいる企業における後継者の属性は、「子供」が構成比38.6%で最多となる一方、「非同族」が前回調査から1.7pt増(前々回調査からは5.8pt増)の同32.4%に上昇
  4.  高齢社長の後継者不在率を地域別にみると、「北海道」「関東」「中部」が「60歳代」「70歳代」「80歳以上」全ての世代で前回調査を上回った

 

 

このように後継者不在という状況が解決しない一方で、世の中では「後継者塾」が大流行です。

 

ちなみに、”後継者塾”をキーワードとして、Googleで検索をかけてみると、約448,000件がヒットします。

参考リンク ⇒ ”後継者塾” Google検索結果

 

主催者は、税理士、中小企業診断士、社会保険労務士などの士業やコンサルタントに始まり、金融機関、商工会議所、地方自治体と、バラエティに富んでいます。

 

需要と供給の経済原則に従い、社会の顕在化したニーズに応えるためのビジネスが盛況であると言える一方で、うがった見方をすれば、後継者不在の状況をビジネスチャンスと捉え、後継者育成で一儲けを企んでいる商魂逞しい人々が雨後の筍のように現れているとも評せます。

 

どういう動機かは別にしても、「後継者塾」のお陰で企業を引き受ける人物が現れ、社会に付加価値を提供し雇用を創出していた事業が無駄に費えることがなくなれば、それは大いに意義のある取り組みだと思います。

 

でも、「果たして後継者塾によって、現下の後継者不在という状況が解決するのか?」という根本的な疑問がぬぐい去れません。

 

流行の「後継者塾」とは、どんなところ

先ずは、実際に開催されている後継者塾のカリキュラムを見てみます。

 

これは、あるコンサルタントが開催している後継者塾のものです。

 

第1回 コミュニケーションを考える
第2回 経営理念を考える
第3回 経営戦略を考える
第4回 ビジネスモデルを考える
第5回 戦略と組織を考える
第6回 ITシステムと業務フローを考える
第7回 人を使うこと、労務管理を考える
第8回 税務会計と管理会計の違いを考える
第9回 自社の経営目標を考える
第10回 取締役の権利・義務・責任と法務・リスク管理を考える
第11回 企業風土・企業哲学を考える
第12回 運命に挑戦する後継者の持つべき精神論と哲学を考える

 

二つ目は、ある税理士が開催しているものです。

 

第1回 オリエンテーション/経営者に求められる素養
第2回 リーダーシップ
第3回 事業承継プラン
第4回 環境分析
第5回 マーケティング
第6回 組織の法則
第7回 決算書の読み方
第8回 資金調達のポイント
第9回 中期ビジョン構想
第10回 成果発表

 

無作為に抽出して例示したこの2つの後継者塾の内容は、特別にオリジナリティに溢れているわけではなく、他の後継者塾もほぼ似たり寄ったりの内容になっています。そういう意味で、世の中の後継者塾の代表的な内容を表しています。

 

こうした後継者塾の内容を評価するにあたっては、個人的な趣味趣向を出発点にしても意味はなく、「後継者不在」という状況の解決に役立つのかどうかという視点に立つ必要があります。

 

そのためには、さらに「なぜ、後継者が不在なのか?」という問いを深めていくのが効果的です。

 

ちなみに、「なぜ、後継者が不在なのか?」という根本的な問いに対して、一般的にどのような回答が共有されているでしょうか。

 

  • 子息がそもそもいない
  • 子息はいるが、継ぐ意志がない
  • 親族以外を候補者にしたくても、借入金の個人保証が過大なうえに債務超過で、継ぎたがる人がいない
  • 平均値ベースで事業者収入が雇用者収入を下回っているため、責任が大きくなるだけで経済的な魅力に欠ける
  • 事業自体に将来性がない
  • etc

 

調べてみると、このような後継者不在の原因が出てきます。でも、明確に分析された結果は存在せず、各種資料から拾い集めて整理したら、こうなるという結果です。

 

つまり、様々な調査報告書は存在していても、後継者が不在である理由を「適当な候補者が見当たらないから」というような同語反復で済ましていることが多く、「後継者問題の本質的な問題とは、きちんとした原因分析が行われていないこと」なのが、今回よく分かりました。

 

「子息がそもそもいない」が同族承継にこだわりたいというならば、不妊治療とか養子縁組が解決のための課題でしょう。また、「子息はいるが、継ぐ意志がない」とか「親族以外に継がすには、経済的負担が大きい」とか「経営者になって責任は大きくなるが収入が見合わない」とか「事業自体に将来性がない」といった理由は、後継者の問題以前に、現在の経営のあり方をどう変えるかという課題でしょう。

 

「後継者が不在だ」という出来上がりの結果だけを見て騒いでいて、その原因について冷静な見極めが行われていない以上、有効な対応策など打ちようがありません。

 

いま流行の「後継者塾」に話を戻すと、ここが目的としていることは、経営能力の一部を知識として学ぶことに限定されます。ただし、先に述べたとおり、現在の後継者不在の原因は、「会社を継ぎたいという子供はいるけれど、経営能力に不安があるから尻込みしている」ことではありません。

 

したがって、「後継者塾」をどんなにたくさん開催したところで、後継者不在という日本社会が抱えているマクロな問題の解決に繋がらないことは自明です。

 

それにも関わらず、「後継者塾」が金融機関などでも続々と開催されるのは、金融庁が策定した「中小金融機関向けの総合的な監督指針」の中で、単なる金貸しではなく顧客企業へのコンサルティング機能の向上が求められていることが理由ではないでしょうか。実際のところ、顧客企業のライフステージ等の類型の中に、事業承継が必要な顧客企業が例示されていますから。

 

外野がいろいろ騒いでいるのは勝手として、そもそも現経営者は、後継者に、「何を」承継したいのか。会社の株式なのか、企業という器なのか。私見を申し上げると、そのどちらとも結果的に付随してくるものに過ぎず、本当にバトンを渡すべきは「この事業をする情熱や志や意義」というウェットでアナログなもののはずです。

 

昔はいざ知らず、現経営者にそうした暑苦しいミッション・パッション・テンションが希薄だったり欠落しているならば、「誰に」以前に引き継ぐべき「何か」がないわけで、仮に黒字企業だからといって恩着せがましく「お前を後継ぎにしてやるから、しっかりやれよ」と言われても、心が震えることはありません。

 

トップ育成はマネージャー育成とは違う

社長とは言うまでもなく、経営のトップです。そして、企業経営において、「トップとマネージャーが違う」ことは、イロハのイの話です。

 

一般に、トップは組織の方向を決め、マネージャーはその方向に組織を導くことがその役割だとされています。つまり、トップはWhatを担い、マネージャーはHowを担当するわけです。

 

それでは、トップが担うべきゴールやビジョンはどのようにして生まれてくるのでしょうか。

 

組織の描く未来像とは、その組織のアイデンティティであり、老舗のような歴史のある組織の場合には、その伝統を守ればよいというときもあるでしょう。ただし、現在のように環境変化が激しく、時代の寵児となった大企業でも短期間に凋落する状況では、企業の歴史の深浅に関わらず、「私たちは、どの方向へ進むべきか」「私たちは、本当はどうありたいのか」を考え続ける必要性がますます高まっています。

 

そして、その答は「分析」「計算」「ロジック」では出て来ません。組織の描くビジョンとは、ロジックの前提だからです。

 

その意味で、企業のビジョン、目標の設定は、トップの価値観と洞察力にかかっています。さらに言えば、「好き嫌い」も大きな役割を果たしています。

 

なぜトヨタやホンダが自動車を造り、家電品や洋服を造っていないのか。どちらが儲かるかという損得勘定だけではなく、それが「好きでやりたいこと」だからです。好きだけど、できるかもしれないし、できないかもしれない。だからこそ、何としてでも達成したいと頑張る。トップが設定するゴールやビジョンは、そうしたハイリスクがつきものです。だからこそ、「アイデンティティ」と呼べるのです。

 

一方で、「問題を解決する」ためには、事象の的確な分析が必要です。そのうえで、実際に打ち手を講じるときには、組織内の利害調整をしたり、効率的な組織体制を考えたり、評価報酬制度を含めた社内の制度設計と運用が必要です。

 

一つ一つのタスクを確実かつ効率的にこなし、戦略を粛々と実行するのがマネージャーの本分です。その意味では、マネージャーはリスクをとるべきではありません。むしろリスクを下げることが求められます。

 

詰まるところ、トップは企業とそのメンバーを「夢やビジョンで動かす」一方で、マネージャーは制度や権限などの「仕組みで動かす」と言い替えることが出来ます。

 

もちろん、企業はどちらか一方の役割だけが機能しているだけでは不十分で、両方の役割が補完関係になっていて、はじめて活力溢れる組織になります。

 

二つのうち、マネージャーに必要とされる能力やスキルは、明文化しやすいし、数値化もしやすいので、MBAに代表されるような教育になじみます。また、評価についても、効率を軸とした数字的なスケールで見ることができます。

 

しかし、トップの場合は、そういうわけにはいきません。最終的には、会社の業績によって評価されるにしても、評価スパンは、会計年度の1年で見るのが正しいのか、3年なのか5年なのか、科学的根拠はありません。

 

現経営者が身をもって示さない限り解決しない後継者問題

このようにトップとマネージャーに求められる役割とその能力は異なるのですから、当然育成方法も違ってきます。

 

ただし、現実には、優秀なマネージャーから特に優れた人がトップとして昇進していく制度設計がされていることが多いので、先ずはマネージャーとしての育成ありきだという常識が出来上がっています。

 

最近流行の「後継者塾」が目指しているところは、まさにマネージャー育成に過ぎません。先ほど述べた通り、マネージャーに必要な能力やスキルはフォーマルな教育になじみやすいので、商売にする方は、「後継者塾」などと銘打って、10回位の回数で組んだカリキュラムを見せれば売りやすいのでしょう。

 

でも、マネージャーとして優秀になれたからといって、トップとしての責務を全う出来る保証はありません。むしろ、本来のトップとしての役割を理解せずに、有能なマネージャーになる努力をすることは害悪をもたらす危険すらあります。

 

だいたい、今の会社を創業した現経営者は、税務会計と管理会計の違いとかマーケティングとか労務管理などを知っていたから社業を成長へと導けたのでしょうか。

 

マネージャーであれば、与えられた課題を解決すれば済みますが、トップは自ら議題を設定しなければなりません。自分の直観や好き嫌いを前面に出し、何が問題か、何がチャンスかを提言し、人を引っ張っていく真のリーダーシップは、本当の体験を通してしか得られない緊張や苦労や悩みを伴ってこそ育つものです。

 

だからこそ、マネージャーは新しい知識やスキルを「身につける」ことが大切であるのに対して、トップは自分の直観と洞察力を磨き、人間性を磨くという意味で、身にまとわりついた余分なものを「そぎ落とし」、本当の自分の強み、好き嫌いをさらけ出すことこそが必要なのです。

 

ですから、大切なのは、座りながら人の話を聞くこと以上に、実際に行動し「失敗」を経験することの方です。苦労して、失敗して、何が悪いのか、どうすれば良いのか、そうしたことをあれこれ思い悩むことこそがトップへの階段を登る重要なステップになります。

 

さて、そこで現在の経営者に問います。こういう姿勢を、今も失うことなく持ち続けているでしょうか。

 

もし、「何年経営をしても、これで十分ということはない」と戒め、この姿勢を維持している経営者であれば、苦労も大きいけれど、その醍醐味を存分に味わっているために、「こんな楽しくてやり甲斐のある仕事はない」という空気が嫌が応でも周囲に伝播するはずです。社内はもとより家庭内にも。

 

そして、特別に頼んだり探したりしなくても、「ぜひ、後継ぎとして修行をさせてください」という人物が現れるというものではないでしょうか。

 

しかし現実は、こんな経営者を目にすることが少なくありません。

 

  • 「この会社を畳んだら、他に仕事がないから」を最大の理由に、苦虫を噛み潰したよう顔をしながら惰性で社長業をしているだけで、口から出てくる言葉は愚痴と文句ばかりな社長
  • 業績は悪くないが、もう事業にはあまり興味はないので、名誉を追い求め社外の公職に複数就いて会社にはあまり姿を見せない社長
  • 事業を通じての社会貢献よりも金儲けばかりに関心が高く、ときとしてグレーなことも厭わず、稼いだ金で豪奢な暮らしをすることに喜びを見出している社長

 

つまり、後継者の不在問題は、後継者側に焦点を合わせている限り解決することは難しいということです。それは、現在の経営者と経営の姿に、事態を改善するためのドライバーがあるからです。

 

後継者教育と言いながら、お手軽な「後継者塾」では、「教」はあっても「育」はありません。トップを育てるとは、実地体験を通して成功の味をしめさせると同時に、失敗に学ばせることに他なりません。

 

しかし、現経営者が、

  • 「理屈」はわかっていても「直観」がない。
  • 「欲」はあっても「望」がない。
  • 「組織」はあっても「運営」されていない。
  • 「知」っているけど「行」わない

 

こんな背中しか見せられないとしたら、後継者育成など出来ようはずがありません。

 

デッドラインを行き過ぎてしまった事案の出口戦略として、M&Aとか事業承継ファンドなどがあるのは仕方ないでしょう。でも、「後継者塾」が後継者不足の解消や後継者としての資質を鍛えることに役立つなどと考えるのは、経営者としては、相当的外れだと考えた方がいいと思います。

 

後継者問題で「遅きに失した」と思いたくなければ、今すぐにでも取り組むべきは、後継者発掘や育成よりも、現在の経営と経営者のあり方を磨き抜くことです。そうすれば、黙っていても向こうから候補者がやってくるはずです。