本音で相談する相手がいない経営者

これまで何度か「ナンバー2」をテーマにしていますが、今回はさらに「優れたナンバー2の”役割”」とは何かについて考えてみます。

 

第3話:優れたナンバー2の条件
第39話:社長!あなたは劉備ではありません
第77話:優れたナンバー2のタイプ
第86話:優れたナンバー2|共同経営におけるパートナー

 

会社の社長は、一国一城の主と表現されることがよくあるように、自分は一番で、今自分がやっていることに対して並々ならぬ自信を持っていいる人が多いものです。(もちろん、そうでなければなりません。)

 

だから、ほとんどの企業経営者は他人から「上から目線で教えられることを極端に嫌う」という特徴を持っています。

 

「なぜ、いま社長なのか?」と問われれば、「他人からあれこれ言われたり、指示を受けるような仕事をしたくない」という理由が外せない社長が多いはずです。

 

だからこそ、あえてリクスを負って社長になっている以上、「こんなこと知らないんですか」とか「こうやったらいいのに、なぜやらないのですか」などと他人から偉そうに言われることが好きなはずがありません。

 

たいていの会社には顧問税理士さんがいるので、一応顔を合わせれば「先生」と呼ぶような人は存在します。でも、面倒くさい税務申告や合法的な節税という限定された範囲で仕事を依頼しているに過ぎません。

 

資格取得の勉強を一生懸命して税理士になったけれど、経営経験がないうえに企業組織の中で一度もリーダーシップを発揮したことがない人物に、経営の指南をお願いしようと社長が思わないことに不思議はありません。

 

業界の集まりなどで懇意にしている社長仲間がいて、ゴルフをしたり旅行へ行ったりすることはあっても、お互い羽振りがよさそうに振舞って、決して相手に弱みを見せない。ましてや「うちの会社赤字続きなんだけど、お宅はどうなの」とか「売上不振なんだけど、なんかうまいやり方ないの」などという質問は口が裂けてもしません。

 

その結果、世の社長の多くは、「腹を割って本音で話ができる相談相手がいない」という状況に陥ります。

 

昔から「社長は孤独だ」と言われる原因は、ここにあります。

 

でも、多くの社長は、「他人から偉そうにとやかく言われたくない」というメリットを享受する代わりに、「社長は孤独だ」という状態を潔く受け止めていると見ています。たまに、孤独感を愚痴ってみたり、その解消のために夜の巷で羽目を外す社長がいますが、ごく一部の例外と言ってよいでしょう。

 

社長という道を自ら選択した以上、相応の覚悟があるはずですから、精神的な意味で「話し相手がいない」とか「孤独で寂しい」とかいったことをケアする必要がまったくないとは言いませんが、あえて言えば大した問題ではありません。

 

むしろ気を付けなければならないことは、「たった一人で意思決定をする」リスクや盲点に自覚を持ってない、あるいは不安はありながらも放置していることです。

 

そこで、ナンバー2の存在意義が出てきます。

 

意思決定におけるトレードオフとは

世の中の社長で、何も考えることができないという人はいません。それほど思考力もアイデア創出力もない人が、そもそも起業して経営者になることが不可能ですから。

 

少なくとも、顕在化している課題に対して、その解決に向けての試案の2つや3つ程度はすぐに考え付きます。それが、経営者というものです。

 

ただし、本当にこの2つか3つの選択肢の中ら一つをチョイスすれば、課題解決に結び付くかどうかについては、万全の自信は必ずしも持っていません。

 

もしかすると、「何か重要なことを見落としているのではないか」という不安を、ことと次第によって程度の違いこそあれ、必ず持っているはずです。

 

この不安感を持つことは、正常な感覚と言えます。

 

具体的に「盲点」とか「見落とし」とは何かについて考えると、先ず最も初歩的な分析段階のレベルで発生するものがあります。

 

例えば、見るべき顧客を誤っているとか、外部環境因子としてリストアップしておくべきものに漏れがあるとか、などがありますが、この程度のことは、相応の知力を備えた経営者にとっては、割と簡単に超えられるハードルです。

 

むしろ意思決定とは、トレードオフをすることに他ならないということの方が重要です。

 

あるプロジェクトを開始することは、当然にそのプロジェクトへ経営資源を投資することを意味し、逆に言えばその分の資源は他に使わないことを意味します。

 

別の言い方をすれば、新たな戦略を始動することは、そのための原資を社内外から調達することにほかならず、無限に資源がない以上、何かをやめなくてはなりません。

 

つまり、経営における意思決定にあたっては、一つ一つのテーマが、有限な経営資源をめぐって競争している状態と言えます。

 

「トレードオフ」などと、大上段に振りかぶって言うと大層な話に聞こえますが、個人の生活においても似たようなことを度々経験しています。

 

例えば、住宅の購入を決定することで、ローンの支払いのために毎月の小遣いが減ることがあるでしょう。また、通勤時間が長くなるということがあるかもしれません。

 

ところが、経営のトレードオフとは、こうした個人の意思決定に関するトレードオフとは根本において異なります。それは、「競合」の存在です。

 

自社内でトレードオフを十分に考慮して、やることとやらないことを見極め、決定した施策に資源を投下しても、競合が質と量においてそれを上回る資源投資をしたとすれば、思惑通りに競争に勝つことができなくなります。

 

個人のレベルでも、オークションのように競合の存在が無視できないことがありますが、企業活動が競合を凌ぐことを本旨としていることを考えると、競合のインパクトは個人のレベルとは比較になりません。

 

つまり、経営の意思決定におけるトレードオフが意味する最も大切なポイントは、「ある案件に最高の意思決定をする」こと以上に、そもそも「どの案件について意思決定を行うか」を決めることが、何にもまして重要だとうことです。

 

一つ一つの案件に対してベストの意思決定が出来たけれど、それは結果として戦略上大して重要ではない案件ばかりで、結局何ら優位を築けなかったという結果では困るのです。

 

そういう意味で、経営者が意思決定にあたって不安に感じる「盲点」とか「見落とし」において真に重要なことは、選択肢の充実度ではなく、そもそも「このことを意思決定すべきかどうか」ということの方にあるのです。

 

しかし残念ながら、経営者一人では、なかなかここまで視野を拡げることが難しいのが現実です。

 

そこには、人間が等しく持っている意思決定に関するバイアス(歪み)が存在するからです。

 

意思決定におけるバイアスとは

では、トレードオフを考慮に入れた「正しい意思決定」とは、どんなものなのでしょうか。

 

情報を漏れなくダブりなく集め、分析し、複数の代替案を作成し、それぞれの案のメリット・デメリットを比較検討して、ベストの案を選ぶ。

 

意思決定についての本を読むと、だいたいこんなことが書かれています。

 

でも、実務において意思決定を繰り返している人はお分かりの通り、現実はなかなかそうはいきません。

 

そもそも、必要なデータをすべて集めることが不可能ですが、万が一データが手に入ったとしても、コップの水を「半分しかない」と見るか「半分もある」と見るかと同じように、同じデータでも見方や考え方で、その意味することは全く変わってしまいます。

 

どんなに冷静で客観的だと自分を評価していても、私たち全員が、無意識のうちにたくさんの偏見やバイアスに支配されている現実から目を背けるわけにはいきません。

 

ここで、バイアスの説明をし出すと切りがないので、詳細はその分野の専門書*1を参照していただくとして、一般的に分類されているバイアスの一部には、以下のようなものがあります。

 

*1『行動意思決定論-バイアスの罠』(2011年 M.H.ベイザーマン/D.A.ムーア 白桃書房)

 

身近なデータから判断しようとすることが起因するバイアス

1 思い出しやすさのバイアス

最近起こったことや、より記憶に残っていることが、意思決定を左右しやすい。

2 パターン化された記憶によるバイアス

パターン化された記憶をしていると、未知のことや違う分野のことに対しても、同じパターンを適用しやすい。(例:田園調布には金持ちばかりが住んでいる。)

3 関係の思い込み

2つのことが何回か同時に起こると、偶然に過ぎなくても、2つの間には関係があると思い込みやすい。(例:何度か偶然に出会った男女が運命を感じる。)

 

代表例に左右されることが起因するバイアス

4 確率の無視

情報が溢れ、偏った情報にしか接しないことで、基本的な確率のデータを忘れてしまう。(例:情熱溢れる起業家は、必ず成功する。)

5 サンプルサイズの無視

特殊事例(たった1回の出来事=サンプルサイズ1)が、意思決定に大きく影響する。(例:初めて食べた牡蠣が当たったので、二度と食べない。)

6 確率の見誤り(ランダムの過信)

失敗が何回か続くと、次は成功すると思う。(例:ルーレットで偶数に掛け続けて5回外れたら、次は絶対に偶数が来ると思う → 統計的に偶数と奇数がが半々になるためには、1000回以上の試行が必要である。)

7 中間値への帰納

非常に良い結果が出た後はそれより悪い結果になる。反対に非常に悪い結果が出た後はそれより良い結果になることが証明されている。(例:非常に良い結果が出ると、それが継続すると考える → 一度宝くじに当たると一層熱心に買い続ける。/非常に悪い結果が出た人にアドバイスしたところ改善が見られると、アドバイスのおかげだと考える。)

8 連語錯誤

より具体的な記述の方が、一般的な記述よりも確からしいと思いやすい。(例:「今年、日本のどこかで大規模な洪水が起きて1000人の犠牲者が出る確率」と「今年、首都圏で地震が発生し、その影響で洪水が発生して1000人以上の犠牲者が出る確率」を比べると、前者の確率を後者の確率より低く見積もる傾向がある。)

 

このようなバイアスは、生まれながらの乳児は持っていません。生きていく中で、いろいろな経験をしながら、自分なりの見方や経験則を知らず知らずのうちに作り上げていくのです。

 

もちろん、何でもかんでも タブラ・ラサ(白紙の状態)で考えることが絶対ではなく、少なくとも過去の経験や知識が当てはまるときには、効率的で的確な判断が下せます。

 

しかし、逆にそうでないときは、自分が身につけている経験が、かえって判断を誤らせることになります。

 

こうしたバイアスで一番厄介なことは、本人には自分の見方や考え方に、どんなバイアスがかかっているか分からないことです。

 

こうして考えてみると、経営トップとしては、最初から「自分の判断にはバイアスがかかっている」と思っていた方が賢明です。

 

組織レベルでの意思決定に関わるバイアスとは

ここまで、意思決定者という個人に関わるトレードオフとバイアスについて見てきましたが、企業のような組織のトップが意思決定する場合には、組織レベルで発生するバイアスも考慮に入れておく必要があります。

 

簡単に言えば、「悪い情報が意思決定者に上がらない」ということです。(いま世間を騒がせている豊洲新市場の盛り土問題が、その好例です。)

 

この分野についての包括的な理解を得たければ、『なぜ危機に気づけなかったのか-組織を救うリーダーの問題発見能力』(2010年 マイケル・A・ロベルト著 英治出版)を手にすることをお勧めしますが、中小企業レベルでは、優れたナンバー2が存在することで、問題の多くは回避できるはずです。

 

家族という最小の組織においても、子供はテストで満点をとった時は鼻高々で親に報告するけれど、学校で悪さをして教師に叱られたような話を自分から進んで話すことは滅多にありません。

 

組織の一員になると、人はどうしてもいい話だけを報告したがる傾向があり、それは企業組織においても例外ではありません。

 

理由は、自己保身というエゴもあるでしょうし、上司を喜ばしたいとか無用な心配をさせたくないという気づかいの場合もあるかもしれません。あるいは、最初から大したことはないと、高をくくっていることもあります。

 

いずれにしても、現場の悪い情報が階層を経るたびにフィルタリングされ、トップに行き着くころには「万事問題なし」という話になっていたりします。

 

ある病院で、組織コミュニケーションについての改善に取り組み、風通しが良い風土が出来上がったら、医療事故の報告が30倍も増えたという実例があるように、都合の悪い情報は現場レベルでうやむやにされていることが多いのです。

 

だからと言って、悪い情報を上げない部下に対して「なぜ報告をしないんだ」と怒鳴りまくっても、問題は解決しないどころか、恐怖政治のもとでは、ますます情報の隠蔽が進むことになります。

 

一口に「悪い情報」「マイナス・データ」といっても多種多様だし、途切れることなく行われている事業からは毎日のように新たな問題が発生しているため、中小企業の場合でも、経営トップが苦情係をやるわけにはいきません。

 

そこで、悪い情報やマイナス・データの仕分けを的確に行い、トップと現場を繋ぎ対処する優れたナンバー2の役割が重要になって来るのです。

 

優れたナンバーの役割とは

ここまでの話をまとめると、優れたナンバー2の役割とは、対等な立場で経営者が本音で話が出来る存在であり、自らはアイデアマンではなく、経営トップが意思決定するプロセスを整備することにあります。

 

そのためには、意思決定に当たっての「見落とし」や「盲点」を極力潰していくことが一つ目の役割ですが、単にデータの精査をするとか、適切な思考のフレーム(枠組み)が設定されているかをチェックするといったこと以上に、「トレードオフ」を意識して、意思決定の対象自体を見誤らないようにすることが大切です。

 

そして二つ目は、普段から経営者のバイアスを客観的に評価し、トップが導いた結論に対して、悪魔の代弁者(デビルズ・アドボケイト)の役割を果たせることが求められます。

 

最後に三つ目は、社長と現場のパイプ役となり悪い情報、耳の痛い意見も率直に具申する役割となります。

 

ただし、多くの中小企業では、社員数が少ないことも手伝い、形式的な階層はあったとしても、実質的には社長とそれ以外の役員・社員という構造になっています。

 

したがって、経営者のバイアスを客観的に評価し、意思決定に必要なニュートラル・ボジションを整えられるようなナンバー2を社内に求めることは難しいのが現実でしょう。

 

そこで、そうしたナンバー2の確保に当たっては、社外ナンバー2のような形も含めて検討することをお勧めします。