優秀なアスリートは遺伝子がつくるのか?

リオ五輪が今まさに酣(たけなわ)です。

 

今回のオリンピックは、日本人選手の活躍が目立ち、ニュースでは連日メダル獲得が伝えられています。

 

選手がメダルを獲得すると、マスメディアはその選手の幼少期から現在に至るまでの感動ストーリーを繰り返し流します。

 

そのストーリーを見ると、メダルを獲得するようなオリンピック選手の親もオリンピック選手だったり、少なくともその競技で国体レベルでは活躍した選手であることが多いことに気付きます。

 

例えば、リオ五輪で活躍した体操の内村航平選手、重量挙げの三宅宏実選手、レスリングの吉田沙保里選手など、親御さんがオリンピック選手だったり国体レベルの選手だったケースをいくつも思い付きます。

 

見ている方は、「カエルの子はカエル」だとか「血は争えない」という感想を嫌が応でも持つとともに、「俺みたいな駄馬は、やっぱりサラブレットにはかなわないよな」と、ついつい自嘲気味に語りたくなります。

 

このように、マスメディアにも一般の方々の中にも、運動選手の才能は遺伝するという信念を強く持った人がたくさんいるようです。

 

だから、昨年の7月に、テキサス・レンジャースのダルビッシュ有投手と元レスリングのオリンピック選手だった山本聖子さんの間に男の子が生まれると、マスメディアは「最強遺伝子ベイビーの誕生だ!」と見出しを付けて報じました。

 

最強遺伝子を持った“最強ベイビー”が誕生!ダルビッシュが男児誕生を報告!

 

また、山本聖子さんの父親である郁栄氏は、インタビューに答えてこう語っています。

 

「米国でスポーツっていったらアメリカンフットボールかレスリング、ゴルフにバスケットボールだね。運動神経抜群の2人の子供なら、何をやっても成功するでしょうね。楽しみ。日本だけではなく、米国でも期待されるんじゃないかな」

 

しかし、本当に親が優れたアスリートだから、その遺伝子を受け継いだ子供も優れたアスリートになると言い切れるのでしょうか。

 

そのことを考えるために、ものごとの「因果関係」に焦点を当ててみたいと思います。

 

因果関係に対するよくある誤解

私たちが日常の仕事において、問題が発生すると、原因分析を行いますが、その目的は因果関係を明らかにすることです。

 

ただし、AがBを引き起こすという因果関係を証明するためには、次の3つの条件が必要です。

 

① AがBよりも前に起こっている

② AとBには相関関係がある(=Aが起こればBが起こる)

③ A以外にBが起こることに影響するものがない

 

「親が元オリンピック選手である(A)と、子供がオリンピックで活躍する(B)」という話の場合、①と②は満たしているかもしれませんが、③については必ずしも言い切れません。

 

なぜなら、親がオリンピック選手やその競技経験者でなくても、子供がオリンピックで活躍する事例がたくさんあるからです。

 

このように、私たちは日常の生活や仕事の中で、勝手に因果関係のストーリーを作り上げて、その後の意思決定を誤り、ひいては次に繋がる行動を無意味なものにしていることが、想像以上に多いのです。

 

AとBに相関関係は認められるけれど、Aが必ずしもBの原因ではない場合、一般的に次の5つの可能性を考える必要があります。

 

(a) 実はBがAの原因である

(b) AとBが相互に影響している

(c) AもBも第3の変数の結果である

(d) 単なる偶然

(e) AはBの直接の原因ではなく、A→C→Bとなる別のCという原因がある

 

「朝、私が駅に行くから電車が来る」と考えている人はいないと思いますが、この誤解は(a)にあたります。

 

また、ある美人に街中で何度も遭遇したからといって「彼女は私のことが好きだから、思いを伝えたくてストーキングしている」と因果関係を仕立て上げたとしても、大抵の場合、(d)の単なる偶然を曲解しているだけでしょう。

 

でもなんと言っても、これら5つの誤解の可能性のうち、最も見逃されやすいのは(c)の第3の変数です。

 

例えば、「高収益企業の株価は上がる」という命題を考えてみます。

 

高収益≒高業績→高株価という因果関係はありますが、通常は高業績はすでに株価に反映されているので、「だから株価が上がる」というのは誤解です。

 

むしろ、背景に「独自の経営理念」とか「時流に沿った市場戦略」とか「卓越した技術」という「第3の変数」があって、それが「高業績」と「株価の上昇」という2つの事象に影響を与えていると見る方が妥当です。

 

日常の生活の中でも、この第3の変数がたくさん隠されています。

 

ダイエットと肉体改造に効果抜群と人気のライザップですが、「ライザップの科学的根拠に基づいたプログラムを実行すれば痩せる」という命題は、文字通り受け取る訳にはいかないかもしれません。

 

低糖質高タンパク質の食事によって摂取カロリーを抑え、筋肉量を増やすトレーニングによって基礎代謝を上げるという図式自体は、全く目新しくありません。

 

むしろ、2ヶ月という短期間に30数万円という高額な投資をすることで「結果にコミットする」状況を作り上げることの方に、ライザップで痩せたとか細マッチョになれたという結果の原因があるかもしれません。

 

同様に、女性で「SK-IIを使っているから美しい素肌になった」というのも、実はSK-IIのような高額な基礎化粧品を使っている人は「日頃からエステに通ったり、日傘を差したり、食事に気を付けたりして」、もともと素肌美人への意識が高い人であることが本当の原因かもしれません。

 

才能より重要な「1万時間の法則」

話をオリンピック選手に戻すと、ここにも第3の変数があるのではないでしょうか。

 

運動選手だけに限らず、芸術家や音楽家にも当てはまると言われている「1万時間の法則」*1というものがあります。

 

高い成果を残した人の最も重要な要素は、「才能」ではなく「1万時間に及ぶ厳しい練習だ」と、心理学者K・アンダース・エリクソンは主張しています。

 

*1「1万時間の法則」については、第63話:経営とデリバレイト・プラクティスでも詳しく取り上げています。

 

つまり、オリンピック選手の家庭からまたオリンピック選手が生まれるのは、才能と言うよりも、厳しい両親というコーチのもとで、年端もいかない子どもの頃からハードなトレーニングを積み重ねているからなのです。

 

たしかに、今回の五輪メダリストの感動ストーリーの中でも、卓球の福原愛選手や伊藤美誠選手が、3歳か4歳の頃自宅で母親から厳しい指導を受けている映像が流されていました。

 

また、体操の内村航平選手の実家は体操クラブを経営していることや、レスリングの吉田沙保里選手の父親が自宅でレスリング教室を主宰していたことは、「1万時間の法則」を裏付けることになるはずです。

 

そう考えると、一流のアスリートは才能によって一朝一夕で育つものではなく、膨大な時間をかけて執念で育て上げられるものだということが分かります。

 

ただし、このことはスポーツの世界だけに留まりません。経営の世界でも同じことです。

 

アメリカのシリコンバレーに、Yコンビネーターというスタートアップ養成スクールがあります。

 

Yコンビネーターは単なるベンチャーキャピタルではなく、定期的に多数のスタートアップに対して投資と同時にアドバイスを行う点が異なります。

 

ここを卒業して、現在躍進中の会社の一つに、日本でも「民泊問題」で何かと話題となっているAirbnb(エアビーエヌビー)があります。

 

Yコンビネーターでは、新しい事業を起ち上げるときに、とにかく「働く」「学ぶ」ことが重要だと口が酸っぱくなるほど説いています。

 

 

君たちがプロダクトの開発以外のことに気を散らすなら、それだけ時間を無題にしているのだ。

 

スタートアップが成功するためには運が必要だ。

 

だからともかく数多く打席に立ち、数多くバットを振らなければならない。

 

バットをふる以外のことをしている時間が長ければそれだけ成功のチャンスが減る。

 

 

そして、あるスタートアップが社員を採用しようとしたとき、応募者から「拘束時間はどれくらいですか」という質問があったそうです。

 

 

不思議な質問だ。

 

なぜなら、スタートアップにおいて、捧げる時間の長さは1種類だけ、24時間だからだ。

 

 

昨今の日本の風潮に照らすならば、シリコンバレーにおけるスタートアップは、単にブラック企業という烙印を押されるだけなのかもしれません。

 

でも、スポーツの世界も経営の世界も、他者より抜き出るということは、「才能」よりもハードワークを長時間を行うことの方が重要だという主張は無視出来ません。

 

だからと言って、「経営者歴30年です」と威張ってみたところで、のんべんだらりんと過ごした時間はカウントするに値しないでしょう。

 

経験やそれに伴う知識は大切ですが、もしかしたら30年とは「たいしたことない1年の経験を30回繰り返しただけ」かもしれないのです。

 

意図的に厳しい鍛錬を自らに課し、現状維持や前例主義に陥らず、経営者として成長に結びついた時間だけが、意味を持つのです。

 

と、言われても、「齢(よわい)50を過ぎて、今から1万時間はハードルが高い」と思う方もたくさんいるはずです。

 

安心してください。大前研一大先生は、こう言っています。

 

 

どんな分野であっても、2000時間を投入すれば一流になれる。

 

 

1万時間が5分の1の2000時間になったので、だいぶんハードルが下がったとはいえ、1日3時間ペースで丸2年の時間をかける必要があることになります。

 

「千里の道も一歩から」「急がば回れ」「ローマは一日にしてならず」ということで、分野を問わず、効率を重視して要領よく手に入る果実はないと腹を括るしかなさそうです。

 

さて、あなたは1万時間、あるいは2000時間をかけて卓越をするために取り組んでいる分野がありますか?

 

もし今はなくても、始めるのに遅すぎるということないと思います。

 

ただし、始めると決意したら、明日からではなく「今からです」。人生はそれほどは長くないですから。