誰もが羨むエクセレント・カンパニーの姿

本社の入り口に一歩足を踏み入れた瞬間から、「いらっしゃいませ」という元気のよい挨拶の声があちこちから響き、社内の空気からプライドと情熱の波動が伝わってくる。

 

社員たちは、自分の会社が業界、いや国内でも最高であることを自他共に認めている。

 

トップ以下社員にとって、成功とは夢見るものではなく、この手で掴み取るものだ。

 

「品質の高さとは」「ホスピタリティに満ちているとは」「モチベーションを高めるとは」・・・、それを決めるのは我が社であり、他社はその後追いしかできないだろう。

 

高潔で明確な使命、躍動感溢れる将来のビジョンを全社員が共有している。

 

卓越したデザインとスペックを持ち、一分の隙も無い品質で生産された自分たちの子供同然の商品とブランドに、社員たちは最大の愛着とプライドを持っている。

 

商品は、顧客のニーズに応えるだけではない。顧客にとっての未知のウォンツを呼び覚まし、新たな市場を創造することを常に目指している。

 

営業マンは、顧客からの「ノー」という拒絶に怯むことなく、新たな未来を見せようと、かえって情熱を込めて商品について力強く語る。

 

営業マンに限らず、事務、製造などの職務に就く全社員が、自発的に万難を排して仕事に勤しんでいる。

 

日本で最も優秀な企業の一つとしてマスコミにもて囃され、経営品質についての優秀賞を受賞しても、騒ぎ立てることも天狗になることもなく、さらに日々精進を続ける。

 

業界の動向やライバル会社の変化にも注意を怠らず、社内の先行指標の改善にも努め続けている。

 

特筆すべきは、この会社の団結精神だ。社長以下だれもが揺るぎない愛社精神を分かち合い、経営陣の激しい入れ替わりもない。

 

社員が働きやすい場づくりを第一に掲げ、社員とも親しく交流する社長を、社員は愛情込めて仲間内では「オヤジさん」と呼んでいる。

 

社員のおおくは、終生この会社で働き上げ、やむなく辞していった人たちもファンであり続けている。

 

全社員が、いつも会社の目的と目標を意識して仕事をし、不満分子はいない。もしどこかの部門が窮地に陥れば、他の全部門が応援に馳せ参じる。

 

こんな理想的で優れたエクセレント・カンパニーは夢物語で、この世に存在するはずないと思う人も多いでしょう。

 

でも、「この会社」は絵空事ではなく存在します。実際、こんな会社はたくさんあるし、おそらくあなたの会社が属している業界の中にも見つけることが出来るはずです。

 

なによりも、経営者であればだれでも、「この会社」になろうと考えない人はいないはずです。

 

エクセレント・カンパニーになることが転落の第一歩

しかし残念ながら、ここに大きな危険が潜んでいます。

 

それは、まだ未熟なあなたの会社が、「この会社」と競争しなければならないことでしょうか。

 

いや、違います。あなたの会社が、「この会社」のような理想を実現した会社になってしまうことです。

 

「この会社」になることが危険だと言うなら、すべての経営改革とか経営改善など意味がないことになる。そんなはずはない。むしろ目指すべき企業像ではないか?

 

たしかに、その通りですが、ものには限度というものがあります。

 

「この会社」のような特徴にソックリ当てはまるとか、8割方は該当するという企業は、既に破局へ向けて進み出していることを疑った方がよいです。

 

実際、企業の再生局面において、その会社の過去を紐解いてみると、ずっと低空飛行していることは少なく、むしろ業績に突出したピークを持っていることがほとんどです。

 

おまけに、「うちの会社なんか・・・」と卑下している社長は少なく、栄光の日々に思いを馳せながら、いかに自分の会社が優れているかを熱く語る社長の方が、圧倒的に多いのです。

 

経営陣や社員たちが無能であるどころか、むしろ通常は優秀でダイナミックで周囲への目配りも出来ている。技術面でも最先端を行っているし、あらゆる面で「優秀」なことが、再生段階に陥ってしまう企業の共通した特徴です。

 

しかし優秀であるがゆえに企業内で常識となった姿勢や考え方が、正常な感覚を麻痺させて、一見無害に見える小さな善意が寄り集まって、やがては破滅的な影響を及ぼすようになります。

 

具体的に言うと、破滅への第一の兆候は、異常なほどうまくいっているように思えることです。

 

そして、自社の成功ぶりに誇りを抱きつつも、驕り高ぶることなく謙虚であるからこそ、「勝って兜の緒を締めよ」とばかりに、成長率、規模、技術、収益性、顧客満足度などの指標を維持したり超え続けていこうと決心します。

 

さらに、こうした高い水準の成功こそが、まさに自社にふさわしいと思い込む。

 

ナンバー・ワンを自覚することで失われるナンバー・ワンの資質

また、最終的に危機に瀕する企業のほとんど全ては、何らかの分野でナンバー・ワンであり、そのことを自社のイメージの一部に刷り込んでいる共通した特徴があります。

 

「地域の○○でナンバー・ワン」「創業100年を超える業界屈指の老舗」「業界初の技術」「短期間に店舗数が急拡大」「日本経営品質賞」「グッドカンパニー大賞」・・・

 

このようなナンバー・ワンという自社イメージを持つと、必ずと言って良いほど、自社のスローガン、ロゴ、広告、HP、会社案内などに、盛り込まれていくことになります。

 

ビジネスは競争の世界であり、競争の世界ではナンバー・ワンを目指すのは当然だという理路からすれば、ゴールとして手中に収めたナンバー・ワンの称号を隠す必要なないだろうと考えるのは当然です。

 

しかし問題は、企業がナンバー・ワンのイメージを標榜し始めると、逆説的ですが、そもそも企業をその地位に押し上げた優れた特質を失ってしまうことにあります。

 

そこは悲しい人間の性なのかもしれませんが、ナンバー・ワン企業を舵取りするプライドを持つ経営者は、自分たちが業界をリードしている自負から、知らず知らずのうちに謙虚に学ぼうとする姿勢から逆に他社から学ぶ必要がないとする態度に変わります。

 

こうした優越感は、徐々に全社に浸透していき、会社全体でエリート集団を気取るようになり、自分たちのような一流の仕事ぶりに通常のビジネス法則は当てはまらないと考える。

 

ナンバー・ワンであり続けるために浪費される時間とエネルギー

しかし同時に、ナンバー・ワンであり続けることに意味があるわけだから、他の会社なら無駄とされるほど時間と資源を投じて目標を達成しようとします。

 

その結果は、他社が何をしようとも我が道を行くとばかりに、野放図な独自戦略を展開することになります。なぜなら、何もかもうまくいくという錯覚に陥っているからです。

 

視点が内向きになる結果、後になって業界地図を逆転させることに繋がる改革や技術を他社が導入したとしても、弱者の悪あがきだと見くびって看過します。

 

自社の商品に愛着を持つあまり失われる冷静な視点

そして、商品を愛しプライドを持っているがゆえに、商品の完璧を目指して数多くの手直しをしていくことにも余念がありませんが、おおくの場合、顧客にとっては無意味なものになります。

 

このように、ナンバー・ワンであるがゆえに「自社の商品・サービスに惚れ込む」ことで、顧客の声を聞けなくなくなってしまうという弊害が生まれます。

 

自社の商品・サービスに過度に惚れ込んでいる企業は、常にエバンジェリスト(伝道者)になってしまう危険を持っているのです。

 

「ノーと言われても引き下がらない」営業マンは、裏を返せば顧客の本音や要求という貴重な情報を跳ね返しているのも同然です。

 

また、過剰な団結精神や愛社精神も問題を引き起こします。集団としての均質性が高まり、異論を排し、自社について気になることがあっても、社内では誰もそれについて問題提起をしようとしなくなります。

 

「自社の商品・サービスに惚れ込むこと」は、これからの時代のビジネスにとって顧客への提供価値を決定づける意味で、根源的に不可欠なことでありながら、過度に「自社の商品・サービスに惚れ込むこと」は、反対に企業の存続そのもを危険に晒しかねません。

 

「惚れ込む」けれど「惚れ込み過ぎない」という絶妙なバランス感覚が、非情に大切なのです。

 

成功によって得られた信念が転落の原因になる

人も企業も、成功という輝かしい実績によって、誇りや自信を手に入れられる一方で、実体験から得られた成功法則というやっかいなものを抱え込むことになります。

 

なぜ成功法則が厄介なのかと言うと、成功法則は生もので賞味期限があるのに、ほとんどの人が魔法の杖のごとく費えぬ力を手に入れたと錯覚してしまうからです。

 

例えば、学生時代に一夜漬けで試験勉強をしても相応の成績を残して来た人は、自分について「集中力が人一倍高い」「土壇場で力を発揮する」「苦境を最後には必ず切り抜けられる」などといった自信を持ちます。そういう人は、働き始めても、やっぱり同じ信念を持って仕事をするのです。

 

それらの信念は、最後まで諦めずにチャレンジするとか乾坤一擲の打ち手を繰り出すといったドラマチックな仕事ぶりに繋がる一方で、ギリギリになるまで仕事を片付けないとか、一か八かの勝負に賭けやすいといった意思決定や行動上の悪癖の原因にもなるのです。

 

同じように、経営者や企業も、一度成功を体験すると、必ずある信念が刷り込まれることになります。

 

信念が出来上がることはよしとしても、問題なのは、その信念に賞味期限があることに気付いていないことなのです。

 

こういう話を経営者の方にすると、「自分のことくらい自分が一番分かっているさ」と言われる方がいます。

 

残念ながら、経営者がこの言葉を口にするようになったら、それは賞味期限切れの信念にこだわっているだけです。

 

ビジネスの世界における「賞味期限切れの信念」とは、かつては顧客に価値を提供していたが、今はもはや効力を失ってしまったガラクタに過ぎません。

 

にも関わらず、賞味期限切れの信念を盲信する人は、自分が顧客ニーズを完全に理解していると信じて疑わなところにタチの悪さがあります。

 

商品やサービスに惚れ込んで欲しいのは、あなたではなく顧客だ

ここまでの話でお分かりのように、企業が衰退への道への第一歩を踏み出したかは、自社の商品・サービスにどれほど惚れ込んでいるかを知ることが試金石になるのです。

 

もし、あなたの会社に、惚れ込んでやまない商品・サービスがあるなら、この戒めを心に刻まれることを勧めます。

 

自分の商品やサービスに惚れ込み過ぎるな。それは顧客がやることだ。