役に立たない倒産原因分析

2017年上半期の企業倒産件数は、1990年以来の低水準に下がったとはいえ、4,000件強の企業が倒産しています。

 

企業の倒産原因は、統計上いくつかに分類されています。中小企業庁によると下記の7つです。

  • 販売不振
  • 既往のしわ寄せ
  • 放漫経営
  • 過小資本
  • 連鎖倒産
  • 売掛金回収難
  • 信頼性の低下

 

帝国データバンクでは、不況型倒産として、

  • 販売不振
  • 輸出不振
  • 売掛金回収難
  • 業界不振

 

この4つの原因に分類する他、下記4つを加えて全部で8つに分類しています。

  • 放漫経営
  • 設備投資の失敗
  • 経営計画の失敗
  • その他の原因

 

国と帝国データバンクの分類に同一の項目が含まれているなど近似性がありますが、どういう理由で、倒産原因をこのように分類しているのか定かではありません。

 

いずれにしても、この原因分析の結果は倒産防止には役立ちません。

 

なぜ役立たないのでしょう。

 

先ず言えることは、MECEではないことです。MECEとは、Mutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの頭文字をとった論理思考における基本原則で、その意味は「漏れなくダブりなく」です。

 

中小企業庁の倒産原因を見ると、「ダブリ」があることが分かります。例えば、「既往のしわ寄せ」の原因には「販売不振」や「売掛金回収難」が含まれているはずです。

 

また、「過小資本」は1年で起きる状況ではなく「既往のしわ寄せ」の結果でしょう。そして、この8つの原因で「漏れなく」全体像を現しているとは到底考えられません。

 

次に、原因分析といいながら、表出した病状をあげているだけで「真因」ではないことです。

 

「販売不振」や「経営計画の失敗」は原因ではなく、結果に過ぎません。

 

ここから、何かを学びとろうとしても、せいぜい「売上増加に努めよう」「実効性のある経営計画を立てよう」という裏返しの教訓しか得られませんが、そんなことは言われるまでもないことです。

 

でも世の中には、こんな大ざっぱな倒産原因分析だけしかないわけではありません。

 

著名な企業が倒産した後に出版される分析本を読むと、こと細かな情報がたくさん詰まっています。

 

また、経済産業省は、「ベンチャー企業の経営危機データーベース」という情報をサイト内で公開しています。ここには、ベンチャー企業から聴き取りをした83の失敗・トラブルなどの事例について経緯・要因・教訓までをセットにして掲載しています。

 

ところが、一見すると精緻に事業の失敗の原因を分析したと思えるような情報も、実際は役に立ちません。

 

その証拠に、世の中から企業倒産や事業の失敗が減り続けてはいません。なぜでしょうか。

 

その理由は、後付けの説明をしているだけで、核心を突いていないことがほとんどだからです。

 

それは、交通事故の原因分析をどんなにしても、事故の発生件数がそれほど減っていない状況にも似ています。

 

ちなみに、交通事故原因の1位は「安全不確認」ですが、その対策は「“だろう”運転から”かもしれない“運転へ」というスローガンを唱えているだけです。

 

原因分析が核心を突けない理由

なぜ核心を突いた失敗の原因分析が出来ないのでしょうか。その理由はいくつかあります。

 

①経営における因果関係は、想像以上に複雑

新規事業の起ち上げのためにM&Aをしたが失敗した場合を考えてみましょう。

 

その原因は、買収する企業の選定が悪かったのか、買収後の経営がまずかったのか、買収後のマネジメントの問題だとすると、責任者の能力の問題なのか、その人物をアサインした社長のミスなのか、あるいは想定外の市場環境の変化が災いしたのか、それ以前に新規事業の起ち上げ自体がミスジャッジだった、等々考えられる可能性は無限にあります。

 

②戦略自体の失敗なのか、戦略そのものは良かったけれど遂行に問題があったのかを判別することは、案外と難しい

例えば、給与人事制度には常に流行廃りがあります。コンピテンシー、360度評価、成果主義、社内FA等々。

 

流行に飛びついて、つぎつぎ導入を試みて上手くいかないと、「外国から入ってきた人事制度は日本企業には合わない」と言って、もともとの考え方を否定してしまうことが多いのです。

 

でも実際には、制度の趣旨を正しく理解して組織にインストールする遂行の部分で失敗していることがほとんどです。

 

こういう認識のまま、次に新しい流行の制度に飛びついても、遂行の部分で失敗することを繰り返すことになります。

 

③非常に逆説的だが「トラブルや失敗から何らかの教訓を得なければならない」という常識が災いしている

ビジネスの世界では、「同じ失敗を二度とするな」と上司から厳しく言われるし、企業が同じような不祥事を繰り返すと、「前回の失敗から何も学んでいない」と糾弾されます。

 

もちろん、単純なミスは失敗から学ぶことで再発を防げることが多いので、失敗から教訓を得ること全てが無駄ではありません。

 

ところが、経営レベルの失敗は一直線で原因分析が出来るほど単純ではありません。

 

しかも、起点となった意思決定から結果が出るまでの間に何年もの歳月が流れることがあります。

 

そうなると、ファクトベースで因果関係を解き明かそうにも、記憶の曖昧さや資料の不備などによって、パーツが不足するために困難を極めます。

 

その一方で、最近ではアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことが強く求められるので、「何が原因かは分かりません」などと発言しようものなら、「懲りない」「傲慢だ」とバッシングを受けることになります。

 

そうした事態を避けたいがために、不明なことは分からないという勇気や想定外の出来事の発生により事態が複雑かつ制御不能になったと告白する正直さは影を潜め、相手の期待に応えるべく「世の中が納得する原因」「簡単で分かりやすい原因」を学んだことにします。これが問題なのです。

 

事業がつまずく最初の原因

事業がつまずく最初の原因は、ほとんどが倒産とか事業撤退という最終局面を迎える何年も前に発生しているのですが、大きく分けて2つあげることができます。

 

①フィロソフィ(理念)の喪失

先日、タカタがエアバッグのリコール問題を大きくした結果、民事再生手続きを申し立てる事態に陥りました。

 

その原因として、製品不良へ初期対応のミス、同族支配の強さなどが指摘されていますが、それは病状に過ぎません。

 

企業としてのフィロソフィを失い、意思決定のプロセスに営利やプライドといった物差ししか残っていない状況が生まれた何年も前に、崩壊の物語は始まっていたのです。

 

コーポレートサイトにどれだけ企業理念やミッションが掲げられていても、経営のあらゆる状況において最優先で尊重していく姿勢が失われたときにスイッチが入ります。

 

フィロソフィを重視する理由は、理想論を語りたいからではありません。

 

経済学の用語に「合成の誤謬」という考え方があります。「ミクロの視点では合理的な行動であっても、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも良くない結果が生じてしまうこと」を意味します。

 

これまで改革や再生に関わってきた企業では、フィロソフィというマクロ的な指針を喪失し、ミクロ的で貧弱な損得やプライドを指針として、優秀な人々が正しい判断を繰り返し、合成の誤謬を生み出し続けている共通点を持っています。

 

タカタの場合も、切り取られた状況毎の判断が非合理的だったわけではありません。

 

②成功体験を持っていること

「成功体験に縛られる」とは、よく人の口から発せられますが、具体的にどういう状況を意味するのでしょうか。

 

実は、何か学ぶ場合、「シングルループの学習」「ダブルループの学習」という2つのレベルが存在します。

 

その違いをサーモスタットの例で説明すると、温度の設定値を24度にした場合、外部環境の変化に応じて24度を維持するためにどうしたら良いかを考えるのが「シングルループの学習」です。

 

一方、そもそも温度の設定値を何度にすべきかがテーマになるのが「ダブルループの学習」です。

 

経営に置き換えると、売上増を図るときに、販売スキルを磨き、効果的なキャンペーンを考案するのが「シングルループ」になりますが、そもそも売上増をすべきなのか、売上増を図るにしても既存品でするのか新商品を投入するのかなどを考えるのが「ダブルループ」です。

 

下手に成功体験があると、「シングルループの学習」能力が磨かれている一方で、「ダブルループの学習」能力が著しく低下していることが極めて多いのです。

 

結果的に、大幅な戦略変更が必要になった局面で、これまでのやり方の強化という方法しか出てこないリスクが、成功体験を持っている企業には共通して内在しています。

 

失敗した原因と成功する条件の違い

実際に事業の失敗から学ぶ例を見てみると、不振事業からの撤退、不採算事業の統合、経費の削減、不良資産の整理といった、うまくいかなかったことをやめる、きちんと出来ていなかったことをやる、つまりマイナスをゼロにする施策がほとんどです。

 

一般的に行われている再生コンサルティングの内容も、ほとんどがマイナスをゼロにするレベルで留まっています。

 

しかし、本当に求められていることは、マイナスをゼロにすることではなく、次の成長軌道に乗るための新たな成功ストーリーのはずです。

 

企業が負け続けて最終的に倒産に至るということは、かつての成功のパターンが通用しなくなったにも関わらず新たな成功ストーリーを生み出せなかった結果に他なりません。

 

そして、ここが一番重要なことですが、新たな成功ストーリーが分かっていなければ、次に成功するために、目前の失敗を分析したり、いろいろな施策の是非の判断をしたりすることが出来ないのです。

 

つまり、古い成功体験に縛られている企業は、環境の変化に対して先取りが出来ないのは当然として、追随すら出来ないので失敗をすることになります。

 

そして、リカバリーのために貴重な経験から何かを学ぼうと、失敗の因果関係を解明しようとすればするほど、これまでの常識や前提や考え方のクセが分析に入り込んで、分かったつもりになってしまいます。

 

失敗の原因を解明する本当の目的は、マイナスをゼロにすることではなく、「何をどうすれば成功するのか」をはっきりさせることです。それは、理屈で失敗の因果関係を説明することとは別物です。

 

これからの時代、失敗から本当の意味で学ぶことがますます大切になります。

 

なぜなら、経営環境の変化がどんどんスピーディーになり、イノベーションに繋がる技術が突然現れる状況下では、戦略の失敗は避けられないと考える前提が必要だからです。

 

新しい戦略、新しい事業、新しい技術を考え実行することは、未知への挑戦であり、失敗を通じて初めて先に進めることが多いのです。

 

そのときに、過去の成功パターンに囚われることなく、新たな成功ストーリーを紡ぎ出し、過去の失敗からの学びを生かすための参照ポイントを持っていることが極めて重要です。

 

そのうえで、失敗の実体験の中から得た気づき・発見を糧に、新たに載せ替えたエンジンで仮説の練り直しが出来ることが、事業をつまずかせないために大切なことです。

 

アルバート・アインシュタインの金言「問題を引き起こしたのと同じ考え方で、その問題を解決できるはずがない」は経営においても当てはまります。

 

変化のスピードが加速する環境下での経営において、失敗は避けることができない。

 

そういう状況において、小さな失敗からきちんと学べる企業と学んだつもりになっている企業とでは、最終的におおきなつまずきに繋がるという差となって現れます。

 

いま好調な企業こそ失敗から学べ

事業のつまずきは、最初に減収減益とか赤字決算という結果になって現れますが、優秀な経営者は、1、2年で低迷を脱して再び黒字を回復したり、成長軌道に乗ったりして大事に至らずに済ませているはずです。

 

でも、本当はその時点で自社をもっと観察して、小さな兆候から大きな変化に向けての学習をする必要があったのです。

 

それにも関わらず、何よりも結果としての数字を好転させることが第一と考えて、経費の削減を思い切ってしたり、大口販売先を多少無理しても開拓したり、新規事業に進出したりと、これまでのやり方を踏襲しながら、豪腕を振るって事態の解決をしていることが少なくありません。

 

結果的に、失敗から学ぶ能力が培われず、一度打ったカンフル剤が切れる度に、同じようなことを繰り返しているうちに効果が薄れてジリ貧に陥り、理念よりも数字だという空気が社内に蔓延することで大きな不祥事が起きるという状況に追い込まれて、詰んでしまう企業が後を絶ちません。

 

そうならないために、企業は好調時こそ失敗から学ぶ術を身に付ける必要があるのです。

 

※本コラムは、『近代中小企業』9月号に掲載した5回連載記事の第1回「原因を結果論で見ている限り見つからない”成功の条件”」をベースに一部加筆修正をしたものです。